⑧ 街に巡る悪意
「あら、お客さん思ったより早かったですね。てっきり、もう今日は戻ってこないかと…」
一頻り満足するまでメロイに追加の特別サービスをたっぷりしてもらってから1階に戻ると、パラミからそんな嫌味を言われた。
「まあ、それでも良かったんだが…夕飯食いそびれてたからな。腹が減った」
「そうでしたか。なら、すぐ用意しますね」
「あぁ、頼む」
何となくさっきよりは機嫌が良さそうなパラミはすぐに調理へと移った。
しばらく遊んでいた気はするが、客は相変わらず疎らで空席が目立つ。
いつものカウンター席の奥へ戻ると、せっせと仕事をするパラミを眺めながらまだ残っていた酒を煽った。
「ふぅ…」
「ところで、メロイちゃんは?」
「あいつなら、まだ上で伸びてる。もう少ししないと戻ってこないだろう」
「そう。まあこの調子ならそれでも大丈夫だろうけど…全く、人が困ってるのに目の前で暢気に女遊びをされたら堪らないわ」
愚痴をこぼす口調こそ穏やかなままだが、その裏に本性が透けて見える。
俺は出された料理に手を付けながら、適当に話を続けた。
「なんだ、また厄介事か?」
「そうなのよぉ」
聞いて欲しいと言わんばかりの態度だったので、案の定話を振ってみればどんどん愚痴がこぼれてくる。
「ここのところ、店で使う食料品の入荷が滞っててね…。値段もどんどん上がってるし、もう大変なのよ」
「ほぉ、それは知らなかった」
「はぁ…、あなたはお金に無頓着だものね。知らなくても無理ないわ」
生活するために必死で金を稼いだり、領民から税を巻き上げる貴族もいれば、それを横から掻っ攫う俺のようなものもいる。
彼女はそれを知っているから、そんな風に言ってのけた。
「それで、入荷が滞ってるというのは具体的には何が原因なんだ? 不作とか政治的な圧力とか、それとも遠征の為に持ってかれたか」
「魔物退治の遠征に持っていかれたのもあるけど、荷馬車が襲われることも多いみたいなの」
「まぁいつものことだな」
盗賊や野党の日常茶飯事といった行いだが、それを危惧して商人たちもそれなりの冒険者を――。
「なるほど、護衛不足も祟ってるのか」
「多分そう。近隣の町の護衛任務は結構な額の報酬が提示されてるみたいで、有力な冒険者はみんなそっちへ行ってるでしょうから、護衛をする冒険者の質や量も落ちてるっていうが私の見解」
「ふぅん、妥当な考えだな」
「大きい商会なら専属の護衛を雇っているからこういう事態でも揺るぎはしないでしょうけど、商人の大半はそんなところにまで手が回っていないはずだから」
「しかし、その手の話となると俺一人でどうにかなる問題でもないな」
「そうよねぇ…。それが分かっているから私としても歯痒いのよ」
妙に色っぽく見える彼女の溜め息はともかく、今回は対処が難しい。
店に対して嫌がらせを仕掛ける商売敵でもいるなら、悪い噂を考慮しなければそいつを始末するだけで事は済む。
だが、今回の場合は俺一人であちこちの荷馬車の護衛を引き受けて回るわけにもいかないし、荷馬車を襲っている連中を片っ端から始末するのも面倒だ。
いっそのこと、近隣の町の襲撃を俺が引き受けて街に人を戻すという考えも無くはないが、何分性に合わない。
「難儀しているお前には悪いが、俺にとってはまた繁盛しているいつもの姿に戻るより今の方が都合がいい」
「それはまた本当に酷い言い分ね。でも、なぜかしら?」
「簡単な話だ。お前もそうは思わないか?」
「…さっきまで他の女の子を抱いていた人が言っても、説得力が無いわね。ふふっ」
「あぁ、それもそうだ」
連日閉店までしっかり用心棒の仕事をさせられてから、その日は宿に戻った。
あわよくば仕事の対価にパラミからもサービスしてもらえるかと思ったが、そんなに安い女ではなかったのが惜しいところだ。
そんな俺を待っていたランダは彼女の分までたっぷりご奉仕してくれたので、悪いことばかりではない。
久しぶりに一夜を共にしたことから、ランダの機嫌も頗る良かった。
「ジャックさまぁ…」
おかげで、一晩明けた今もこの通りだ。
昼間からスリスリと擦り寄ってくる彼女を連れながら、クレスのところへ送り届ける為に街中を歩いている。
市場を通りかかった際に昨日パラミが言っていた愚痴を思い出し、ランダにも話してみることにした。
「ところで、ランダ。お前、この市場を見てどう思う?」
「どう…と言いますと?」
「質とか量とか、あとは相場だな」
「そうですね…。大きな街の市場にしては量が日に日に減っていますし、質もあまり良いとは言えません。ですが、それに反して値段は徐々に上がっているように思います」
擦り寄ってくる彼女を抱き寄せ、さりげなく腰に回した手でこれまたさりげなく彼女の膨らみに手を触れても、平然と冷静な見解を教えてくれた。
「ランダから見てもそう思うか」
「はい。他の流通の滞っている村や町ならともかく、交易が盛んだというこの街でこれは少し異常に思えます」
「なるほど」
ランダの意見も聞けたところで、おとなしく手を下ろした。
「もうよろしいのですか?」
「あぁ」
どっちのことに対して言っているのかは分からなかったが、どちらにしろ今はそれ以上のことを要求するつもりはなかった。
程なくしてクレスの営む本屋、ジャンブル書店に着いた。
今日のところはなかなか離れようとしないランダのこともあって、彼女の様子を見守ることにした。
とはいえ、基本的には魔法に関する書物や具体的な魔法の詳細が書かれた魔導書を読み漁り、その上で試してみるというだけなので実に退屈なものだ。
いつもだらけた様子を見せているクレスと違い、ランダは実に真面目に取り組んでいるので静かに魔導書を読み進める姿も真剣そのもの。
なので、俺は今日も今日とて暇そうな女に話しかける。
「それで、不老不死や賢者の石について何かわかったか?」
「いやぁ、それがさぁ……」
あまり吹聴したい話では無いが、相変わらず閑古鳥が鳴いている店内ではコソコソ話す必要も無いので、こうして何も気にせず話ができる。
「いつだったか何かの本でそんなことが書かれていたような…いや、どこかで聞いたんだっけかなぁ…? とにかく、何かそれっぽい話を聞いた覚えは薄っすら…そう、辛うじてあるんだけど、何分興味が無いことだったから…ねぇ?」
「ねぇ…で済ますなよ、ロリババア。この間土産も持ってきてやったんだから、少しは俺の為に働け」
「あー、失礼しちゃうなー。まだ60そこそこのピチピチエルフを捕まえてババアだなんて」
「エルフの尺度でものを言うな。人間でいえば、とっくに寿命を迎えてるような歳だってことはお前だって知ってるだろ」
「えー、そうだっけー? よくわかんなーい」
「恍けたアホ面しやがって…その口にねじ込んでやろうか」
「ご飯だったら喜んでもらうけど、ジャックはわちしのお口に一体ナニを入れようとしてくれちゃったんだろうねぇ」
「…はぁ、やめた。お前じゃ勃たないしな」
「なーんだ。…あ、そうそう。ジャックはこの間持ってきた本、読んだ?」
「あぁ、軽くな」
「なら分かっただろうけど、ブヒ族と言われてる連中は大雑把にいうとハーフエルフって感じみたいだね。祖先が人間とエルフ系の混種から始まって、他の亜人種の血も混ざってる場合があるみたいだけど、個体によってどの血が色濃く出るかはバラバラだったみたいね」
クレスは真面目に本を読み耽っているランダへ目を移した。
「ランランがブヒ族だってのも聞いたよ。彼女の場合はエルフの血が色濃く出たパティーンみたいだね。この感じだとおそらく人間よりも寿命は長いだろうさ。もちろん、エルフほどでは無いだろうけどね」
「じゃあ、魔法の適性もその影響か?」
「うーん、そうとも言えるし、違う気もするねー」
「はっきりしないな」
「だって、魔法適性の属性面でエルフっぽくないからねー。エルフの多くはわちしみたいに風とか水・土、光属性の魔法が得意なことは多いんさ。でも、彼女はそうじゃなくて、火とか闇属性が得意な感じでしょう? どっちかっていうと、ダークエルフの得意分野に近いんだよねー」
「ダークエルフといえば褐色肌のイメージだが、ランダにはその傾向は無いな」
むしろ、色白の美肌であったことが彼女を従える際の要因の一つだったことはよく覚えている。
「そうだねー。だから、何とも言えない感じなのさー。まあ生まれ持った魔法資質がどこから来ているかはともかく、混血種は苦労することになるだろうね」
「やっぱりそういうものなのか?」
「まあねー。わちしが生まれる前からそういう純血思想ってのは根強いみたいで、特にエルフは頭が硬い年長者が多くてね。わちしもそういうのが嫌で里を出てきた面もあるから、なかなか難しいよ」
こんなふざけた顔をした女もそれなりに苦労してきているらしい。
「人間の間でも似たような差別意識とかあるでしょー? そういう意味では、ジャックに拾われたのは幸いだったのかもしれないね。キミほど種族差別をしない人は見たいことないからさー」
クレスの言うとおり、俺は種族という点で差別はしていない。
俺よりも弱き者、弱者であるという点でどの種族であっても平等だからだ。
それは人間やエルフのみならず、魔物やドラゴンであっても同じこと。
せいぜい俺にとって有用かどうか。俺を愉しませられる存在であるかどうか、ということでしか区別していない。
「ふっ…俺のような男に拾われたのが幸いってのも、なかなか皮肉が効いてるな」
「まあ、あくまで種族差別をしないって観点から見ればーの話だからね。わちしだったら、とてもとても…」
「嬉しくてむせび泣くいてしまうか?」
「そんなわけないでしょ。きっと若い身体を持て余したジャックに毎日この身を弄ばれて…さすがに毎日はちょっと。疲れちゃうよ」
半ば当たっているのが悔しいところだが、認めてしまうとこいつがまた調子に乗りそうなのも目に見えている。
「そういうのはせいぜいランダやパラミみたいにイイ女の身体になってから言え。今のおこちゃまボディのまま言われてもな」
「ほぅ、そう言ってくれちゃいますかー。だったら、大人びてセクスィーな身体に成長したわちしを見て後悔してしまうほど、ジャックには長生きしてもらわないとね」
「そう思うなら、お前もランダを見習って少しは真面目に調べろよ」
「へーい」
「いらっしゃいませー。…今日はお一人じゃなかったんですね?」
「あぁ」
露骨に態度が変わって見えた女給に出迎えられ、今夜もフェキュリスへ訪れていた。
内心どう思っていても笑顔を崩さずに対応できるとは、パラミの教育が行き届いている成果だろうか。
「酷いです…。昨日もあんなに激しく求め合った仲なのに…もう私のこと飽きちゃったんですか?」
実に嘘くさい様子で泣き崩れてみせたメロイの思惑はどうあれ、当人たちよりよっぽど周りの客の方が動揺している。
「さぁ、どうだろうな」
客の視線が集まる中、これ見よがしに銀貨を彼女の胸元へ入れてそのまま鷲掴みにする。
相変わらず、幼く見える外見から不釣り合いなほど大きな胸だ。
「あんっ、もう…お客さんったらぁ」
口ではそう言いつつも、さっきより嬉しそうな声色をしている。
だが、彼女の視線は俺ではなくその後方へ向いていた。
しかし、俺の後ろに控えるランダはまるで気にしていない様子だった。
挨拶代わりに揉んでやったことで、俺はいつもの席へ向かおうとする。
その際、すれ違う彼女の耳元で小さく囁いた。
「飽きられた方が良かったと後悔するかもな」
もう身体に触れられてもいないのに、彼女は一瞬身震いした。
後ろから熱っぽい視線を感じながら、いつものカウンター席へ腰かける。
今日はランダも隣にいるので少し狭いが、俺が文句を言わなければランダもそんなことを言うはずもない。
「いらっしゃい、今日も来てくれて嬉しいわ」
カウンター越しに声をかけてきた女店主のパラミは、メロイと違って女連れでも嫌味を込めたニュアンスは無い。
この間もまた連れて来るように自分で言っていたくらいだから、それが社交辞令でなければ当然ともいえる。
「まぁこれだけ目に見えて客が少ないとな」
「そういう意味で言ったわけじゃないんだけど…、まあ確かに耳が痛い話なのよね」
「とりあえずいつも通り適当に頼む。ただ、こいつの分は酒をやめてくれ」
「承りました。ちょっと待っててくださいね」
小さく笑ったパラミに対して、先日の痴態を思い起こされた張本人は少し気恥しそうにしている。
酒も入れてないのに耳や頬が赤らんでいた。
「あれはあれで面白かったがな。毎度やられると面倒だ」
「申し訳ありません…」
「気にするな。あれはあれで愉しめたし、その話はこの間終わっただろう」
「んっ…ジャック様……」
いつまでもグダグダ話をされるより、艶声の一つでも出させた方が余程良い。
空席が目立つ店内とはいえ、他の客からは見えない死角で彼女の肌を直接撫でた。
脚の間に割って入った手が彼女のすべすべした太ももに挟まれて心地良い。
他の女と違ってまるで抵抗もせず、ランダは事の成り行きを見守っているだけなので、調子に乗って手を脚の付け根まで動かして指先で布地に触れても声を押し殺すばかりだった。
その様子がまたいじらしく、男を増長させるだけだと彼女は理解しているのだろうか。
「はい、先にお酒ね。…あら、ちょっとお邪魔だったかしら」
「気にするな。ちょっと遊んでただけだから」
他の客からは見えずとも、正面から見えるパラミには何をしているか丸わかりだったようだ。
とはいえ、相手が彼女なら別に隠す必要も無いだろう。
「そう。でも、お店の子とならともかく、連れの女の子と昨日みたいなことまではしないで頂戴ね」
「さすがにそこまでする気はない。昨日の件だって、あっちから仕掛けてきたことだろう?」
「さぁ? どうだったかしら」
確かに、パラミから釘を刺されたように昨日のメロイの特別サービスは少しヤりすぎな感じも否めなかった。
ついその場の勢いと衝動に身を任せてヤってしまったが、気持ち良かったのだから仕方ない。
「ん…?」
スリスリとランダの太ももを撫でながら酒を煽ると、微妙にいつもと違う感覚が口の中に広がった。
「…? どうかなさいましたか?」
「…いや、大したことじゃない」
酒を飲む手が不自然に止まったことで違和感を感じ取ったらしいランダは、自分のことも顧みず気にしていた。
自分でヤっておいて難だが、お前はまず人前で自分の身体が弄ばれていることを心配した方が良いのではないかと思う。
「……」
「……? チラッ」
もう一度酒を煽って違和感の正体を探り、それを注いだ張本人の様子を見てもまるで悪びれた様子はない。
それどころか、何を勘違いしたのかこっそり胸元を広げて深い谷間をアピールしてきた。
相手が俺だから笑って許されることだと思っているのか。あるいは、本人も気づいていないのか。現状では判断が付かない。
しばらくランダの身体で暇を弄んでいると、ようやく料理が運ばれてきた。
一見身体に良さそうな野菜のスープと肉の塊をじっくり煮込んだものだ。
男性客の多い店では変に洒落っ気のあるものよりも、こういった肉々しい食べ応えのある物の方が好まれるのかもしれない。
が、今はそんなことはどうでもいい。
それよりも、先に確かめることがある。
「…これもか」
「ご主人様…?」
スープを一口口に含んだだけで、先程酒を飲んだ時と同様の感覚が感じられた。
まさかと思ってすぐに肉にも手を付けたが、こちらも同じだった。
「ランダ、ちょっと寄越せ」
「はい、それは構いませんけど…?」
俺が違和感を感じたように、ランダも俺の違和感を感じ取ったらしく不思議そうに見つめていた。
そんな彼女から料理を奪い取るようにして彼女の分にまで手を付けた。
普段ならここまで横暴なことをすることもそう無いが、自分の直感に従えばそうせざるを得なかったのだ。
「…ランダ。絶対に手を付けるなよ」
「はい、わかりました」
ようやく目の前に料理が運ばれてきたというのに、おあずけを食らってもランダは従順に従った。
「おい、パラミ。ちょっといいか?」
「なぁに、追加の注文かしら?」
調子良く近づいてくるパラミに対し、他の客へ聞こえないよう注意しつつ話をつづけた。
「何が気に食わないのか知らんが、俺に盛るのはともかく…ランダの料理にまで毒を盛るとはどういうことだ?」
「毒…っ!?」
その言葉を聞いた途端、ランダは目を見開いて身体を震わせた。
トラウマになっているかもしれないとはいえ、大げさな反応をする彼女を抱き寄せて少しは落ち着かせる。
ランダの反応を冷静に眺めていたパラミは軽い調子で言葉を返した。
「ふふっ、もう…変な言いがかりはやめてくださいよ。大方、食べ慣れない辛味でピリッときたとかでしょう?」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「ジャックこそ、本気なの?」
俺の名を出し、尚且つ女店主としての調子とは違った声色だった。
「あぁ、量も僅かだからすぐに死ぬようなことは無いだろうが…嫌がらせにしても度が過ぎてるぞ」
「…あなたがそういうならそうなんでしょう。ごめんなさい、全然気づかなかったわ」
パラミも俺には毒に対して耐性があり、効かないことは知っている。
毒が効かないといっても、その独特な感覚は鼻や舌で感じ取ることもできる。
だからこそ、俺が真面目に言っていると分かれば、その意味を確かなものだと頷けるのだ。
「どうせ俺には効かないし、ランダも無事だ。お前に悪意が無かったのなら、これ以上咎めても仕方ない。それより、他の客にも同じ酒や料理を振舞ってるんだろう? 変わった様子はなかったか?」
「え? お酒もダメなの…? でも、そうねぇ…。お腹を下した様子で帰ったお客さんなら確かに何人かいたけど…」
「微量とはいえ、元々弱いやつには効果が早く出たのかもな」
「はぁ…悪いことしたわね。それに、こうなると今日はもう店仕舞いかしら」
「俺は他の客がどうなろうと構わないから、何食わぬ顔で普通に営業してても何も言わないがな」
「毒が入ってると分かってる以上、そういうわけにもいかないでしょう。…知らなかったとはいえ、ランダちゃんもごめんなさいね」
「いえ、その…ご主人様が守ってくださいましたから」
ランダもだいぶ落ち着いたようで、いつもの調子を取り戻していた。
「とはいえ、腹が減ったのには変わらないしな。せめて俺だけでも…」
毒が入ってても関係ないし食べてしまおうかと思いきや、縋りつくように身を寄せるランダから意味深な視線を向けられてしまう。
そういえば、いつぞやも自分で毒を盛った料理を平然と食っていた際に、ランダからやめて欲しいと言われていたのだった。
「どのみち、ランダの腹ごしらえもしないとだからな。ここで俺だけ食っても仕方ないか」
「ジャック様…」
ランダは思いが通じたとばかりに嬉しそうな笑みを浮かべて、さらに身を寄せてくる。
おかげでいつでも別の欲は満たせそうな雰囲気だったが、腹が減っては何とやら。
一口だけしか食べなかった料理の横に代金を置くと、静かに立ち上がった。
「そういうわけで、今日はこれで帰る」
「ええ、分かったわ。今日は本当にごめんなさいね」
「気にするな」
「そう。なら、これに懲りずにまた来て欲しいところだけど、原因が分からないとそうも言えないわね…」
今度はパラミからも意味深な視線を送られてしまった。
「…用心棒さんに原因を探ってこいって言いたいんだろ?」
「さすがはジャック。話が早くて助かるわ」
「報酬は弾んでくれるんだろうな?」
「もちろんよ。“なんでも”はしてあげられないけど、ね?」
自慢の胸を弾ませて、報酬への期待感を煽ってくる。
「…仕方ないな。ボチボチやるか」
「んふふっ、頼りにしてるわよ。用心棒さん」
あれだけ暴力的なまでの女の武器を見せつけられて断れる男など、果たしてこの世にいるのだろうか。
空腹に耐えきれず鳴り響く腹の音がやけに響きそうな静かな夜。
夕食を食べそこなった俺たちは薄暗い街を練り歩いていた。
大きな街だけあって、この時間でもフェキュリスのように営業している酒場や屋台もある。
早速、道すがら見つけた一軒の屋台に入ると、そこは串焼きと酒を出している店だった。
「おう、らっしゃい」
「適当に少しくれ。酒は一人分でいい」
「あいよ。…あんちゃん、見ない顔だがなかなかべっぴんさんを連れてるじゃねーか。いやぁ、羨ましいねぇ!」
「この手の店に女は珍しいか」
「いやぁ、珍しいっちゃあ珍しいんだが…来たとしても、気の強い冒険者のお嬢さん方ばっかりでねぇ」
「なるほどな。その様子が簡単に想像できる」
「だろう? あ、今のは内緒にしといてくれよ」
「あぁ、別に言いふらしたりするつもりはない」
「それなら良かった。…やっぱり、そのくらいイイ男じゃないとイイ女は寄ってこないのかねぇ」
「ふっ…それはどうだろうな」
「へい、お待ち」
くだらない談笑をしている間にせっせと手を動かしていた男が焼き上がった肉を寄越してきた。
表面がこんがり焼けて、見た目はそれなりに美味そうだ。
匂いも特に変な感じはしない。
あまり変な目で見過ぎると店主からも変な目で見られそうなこともあり、さっさと口に入れた。
「…うん、なかなか美味いな」
「へへっ、そうでしょうとも」
今の言葉は嘘ではない――が、やはり酒からはパラミに出されたのと同じような毒の感覚があった。
「追加で二人分適当におすすめを焼いてくれ。あと、水も貰えるか?」
「へい、まいど。そっちのお嬢さんの分ですね、今お出ししますんで」
目で合図したこともあり、ランダもようやく食事にありつけた。
再び焼き始める前にさっさと出された水も念の為毒味してやると、その甲斐もあったようだ。
「なぁ、一応聞くがこの水はどこから汲んできたものだ?」
「どこって、近くにある井戸水でさぁ、街の中の。それが何か…?」
「…いやな、ちょっとこいつは腹が弱くてな。水魔法で出した水とか川のキレイな水じゃないと合わないんだ」
「そうなのかい、そら難儀だなぁ。とはいっても、生憎うちにそんな上等なもんは置いてませんぜ?」
「構わない。自前の物で済ますから」
「それは構いやせんが…イイ女を養うのも大変ですねぇ」
我ながらなかなか苦しい言い訳のような気もしたが、店主はわりとあっさり受け入れたようだ。
それ以上追及することも無く、またせっせと肉を焼き続ける。
ランダの方も俺の言いたいことを察したようで、飲み物は持っていた水袋に入れていたもので済ますようにしていた。
そちらの水は俺も口にしているので、そこに毒が入っていればもっと早く気付いただろう。
とりあえず、今夜の食事は何とかなりそうだ。
そこそこ腹も満たしたところで串焼きの屋台を後にし、その後も何軒か回った。
成果としてはあまり多くは無かったが、やはり注目すべきは水だ。
酒、煮込んだ肉にも毒が含まれ、井戸水から汲んだ水にも入っていることから原因が一貫している。
強い酒や高い酒は水で薄めて出す店も多いので、酒や店によって毒が出たり出なかったことからもその理由は共通していた。
そこで、屋台の店主が言っていた近場の井戸水を調べに行くことにした。
夜中に井戸水を汲みに来る輩はそういない。
人気が無くどこまでも暗闇が広がる井戸から汲み上げた水からは、やはり今日何度も感じた毒の感覚が伝わってくる。
「原因はこれだな。大方、今のような人気の無い夜中に毒でも盛ったんだろう」
「でも、一体誰がこんなことを…?」
「分からんな。悪戯にしては度が過ぎるし、自分の首を絞めかねない行為だ。もし、この行いで得をする輩がいるとすれば、盗賊かあるいはスラムの連中…? いや、もしかしたら――」
カーン! カーン! カーン!
その言葉を遮るように警笛が街に鳴り響いた。
「魔族だー! 魔族の襲撃だーー!!」




