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なんでもするって言ったよね?  作者: 天一神 桜霞
第三章 咲き乱れる悪意
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② ずっと一緒にいたいからね


 自分が蒔いた種で禁欲する羽目になったのも束の間、次の日には宣言通りたっぷりと夜伽を満喫し、ランダの機嫌も直るどころか上機嫌になった。

 結局、自分に毒を盛ることに関しては有耶無耶になったままだが、今回のことでリスクがあることも自覚したので、まあ積極的に行うことは無いだろう。

 元々、そこまで行うことも無いのだが…。

 それはともかく、あれからしばらくして目的地であるコクシムの街へ辿り着き、今に至る。

「ここがコクシムですか…」

「あぁ、この間のサンドウジよりもさらに大きい街だ」

 俺からすれば度々訪れている街なので特に真新しさは無いが、彼女にとっては初めて降り立つ地なので物珍しさもあるのだろう。

 行き交う人々の服装や通り過ぎていく馬車、通り沿いに立ち並ぶ洋風の家の数々を眺めている。

 近隣の町々の往来に立ち寄ることも多い立地にある街だけあって、この大通りには実に様々なものが売っており、色とりどりの食料品や装飾品、調理済みの料理を売り出した屋台も出ている。

「さて、まずは宿を探すか」

 俺一人であればいつも利用している中心街から外れた安いボロ宿でも構わなかったが、あそこは壁も薄いし利用者は男ばかりだ。

 そんな宿の部屋でおっぱじめようものなら、彼女の艶声を聞きつけた輩が覗いてくる可能性も無くはないし、何なら隣の部屋でシコるやつまでいそうな気もする。

 まあ、そんな中で優越感に浸りながら致すのも一興だが、ランダ自身はあまり好まないようなので、素直にもう少しいい宿を探すとしよう。

 冒険者などの独り身の女は多少金が無くとも、安いボロ宿を避けて少しはマシな宿をとるとも聞いたことがある。

 さっき挙げたような宿では他の宿泊客から襲われかねないからである。

 だから、そういう輩が少ない質のいい宿をとったり、複数人で金を出し合って一部屋を借りるという自衛手段をとっているらしい。

 俺からすればどうでもいい話だが、どうせなら一部屋に獲物が何人も固まっている方が犯し甲斐がある。

 とはいえ、この街ではそれすらどうでもいい。

 今はランダを連れていることもあるが、街中を適当に探しても当たりと思える女がいるかどうかはその時次第。

 しかし、それ以上の上玉がいることを既に知っているのだから、そんなことをする必要もないのだ。

「ふむ…ここなら良さそうか。ランダはどうだ?」

「申し分ないかと思います」

 あれこれ覗いてみたい店もあるのだろうが、静かに俺の半歩後ろを歩いて付いてきたランダの表情を見ても不満は無さそうだ。

「なら、ここにするか」

 宿の扉を開いて中に入っても外観から得られた印象とそう変わりなく、清潔感があり掃除が行き届いているようだった。

 白を基調とした床や外壁に木材の茶色が合わさったシンプルな色味だが、その構成の仕方からなんとなーくオシャレ感を出しているようにも感じられた。

 女に人気のありそうな宿という予感を助長させるように宿の店員も女ばかりだった。

 これで受付が汗臭い屈強な男であれば、宿の印象は大きく変わっていたことだろう。

 程なくして空いている部屋を一部屋とったが、いつもの安宿の倍以上の値段とは恐ろしいものだ。

 確かに、これなら底辺に近い冒険者や貧相な輩ではなかなか滞在するのは難しいだろう。

 とはいえ、俺からすれば大した話ではない。

 金が無いなら奪えばいい。ただそれだけの話だ。



 宿の確保もできたところで、早速目的だった場所へ向かう。

「この街は活気がありますね。治安も良さそうです」

「治安に関してはどうだろうな。一応、サンドウジよりは警備がしっかりしてはいそうだが、また裏でどんな奴が手を引いてるかわからんぞ」

 ランダを連れて勝手知ったる街中を歩きながら、彼女が気になった店に立ち寄ってはまた歩き始める。

「ふふっ、それはそうですけど…街の人を見ている限りはそういった悪い感じはしませんね」

「うーん…そうか?」

「そうですよ。人相の悪い人とか下賤な輩が少ない気がします」

 一部の連中に対してなかなかひどい言いようだが、確かにその通りだった。

「そういわれてみれば、冒険者連中が少ない気もするな。まだ日があるから夜になれば違うかもしれないが…」

 いつものように夜になればパラミの店や娼館街にそういう輩が蔓延っていることだろう。

「それで、ジャック様の御用があるというお店はこの先なんですか?」

「あぁ、もうすぐそこだ」

 そういってしばし歩いたのち、表の看板に『ジャンブル書店』と掲げられた店にずけずけと入る。

 相変わらず繁盛していない店内を跋扈すると、こちらも相変わらずな様子の店主を目にする。

「いらしゃー、あっ、ジャックだー」

 いつも通り覇気のない声で出迎えた少女は、こちらを一目見てその名を呼んだ。

 その瞬間、ランダが一瞬ピクリと動いたように見えたが、毒気の無いへなへなした少女は特に気にした様子も無く言葉を続ける。

「久しぶりー、1年ぶりくらい?」

「せいぜい2か月くらいだろ? 相変わらず、時間の感覚が違うな」

「ひどいなー。ジャックのいない時間がそれだけ長く感じたってことじゃないかー」

「大げさな奴だな」

 だらしなく椅子に腰かけて項垂れていた彼女がようやく身体を起こすと、そのまま両腕を広げて意味深な視線を向けてくる。

「ん…」

「何のつもりだ?」

「ハグだよ、再会のハグ。いつもしているでしょー?」

「あ?」

「ほぉら、ジャックもおねーさんに会いたかったでしょー? ぎゅーってしてあげるから、おいでおいで…って!」

「いつまで寝ぼけてんだ。さっさと目ぇ覚ませ」

 ふざけ倒している彼女の頭を本で叩いたことで痛みに頭を抱え、ようやくアホなやり取りがひと段落着いた。

「いたぁい、暴力はんたーい」

「しっかり魔法で防いだくせによく言う」

「だって、下手すると頭割れるくらいの勢いでやりかねないんだもーん」

「それが分かってるなら、最初から変な芝居するなよ」

「んー? だって、その方が面白そうだったんだもーん。ね?」

 反省の色が全くない店主の視線の先には、この一部始終を見守っていたランダがいた。

「あの、ジャック様…この方は?」

「あぁ、紹介がまだだったな。こいつは…クレマン・チンスコー、見ての通りこの書店の店主だ」

「えっと、その…め、珍しいお名前ですね」

「そんなわけないでしょーが。ジャックも悪戯が過ぎるよ」

「あ? お前が先にアホなことし始めたんだろうが」

 さすがになんとなく不名誉な名前で紹介されたのは気に食わなかったらしく不快感を露わにしていたが、頬を膨らまして拗ねるその様子は子供そのものだ。

「んっふふっ…、ふふふっ…。あ、すみません…おかしくて、つい…」

 短い間とはいえしばらく彼女と一緒に過ごしてきたが、こんな無垢な少女のように笑う姿は初めて見た気がする。

「へへっ、笑われてやんのー」

「お前のせいだろうが…」

 笑いをこらえていつもの調子を取り戻そうとするランダの傍ら、再び店主を睨みつけた。

「ふふっ…、こんなジャック様は初めて見たので、少し驚いてしまいました」

「そうなんだー? わちしからすれば、いつもこんな調子だけどねー」

「全く、いい迷惑だ」

「さぁて、ジャックを笑いものにしたことだし、そろそろちゃんと名乗っておこうか。わちしはクレマニー・チスヴォルト。クレスでいいよ、ジャックもそう呼ぶし」

 年長者らしくようやくちゃんとした自己紹介をしていたが、申し訳程度に膨らんだ胸を張っても威厳の欠片もない。

「クレスさん、ですね。初めまして。私はランダ。ジャック様の…従者です」

「従者…? へぇ? ジャックが女の子連れて来るのも珍しいと思ったけど、まさか従者だったかー。彼女ではないにしろ、奴隷かと思ったんだけどなー」

「どういう意味かは敢えて聞かんが、余計なお世話だ」

 ランダが俺にとってどのような位置づけになるのかは確かに不明瞭な点ではあるが、彼女としては従者のつもりだったらしい。

 俺の女と言ってしまえばその通りだが、日頃の様子から鑑みるに従者と言われても大体合ってはいる。

「それで? ランダちゃんはもうジャックに迫られてたりしてるのかい?」

「え? あ、はい…それはもう…」

「おい、やめろ」

「ぁイッターっ! また叩くことないじゃん」

 懲りずに頭を叩かれたクレスは痛がる素振りを見せていたが、しっかりと魔法で軽減している。

「(この野郎、強引に止められそうな話題を出すときには事前に防御魔法張ってやがる…)」

「私も口が滑ってしまって、申し訳ありません」

 頬を赤らめながら返事をしていたランダは反省したようだったが、もう一人はそうでもなかった。

 元々、クレスは出会った時から知識欲が人並み以上に旺盛な女だった。

 俺が珍しく女を連れてきたものだから、根掘り葉掘り聞きたいことがあるんだろう。

 こういう時はさっさと別のものに興味を向けてしまうに限る。

「ほらよ、土産だ。大事に保管されてたもんだから、多少は珍しいやつだろ」

 ランダの故郷、ブヒ族の里から盗んできた本をクレスの前に放ると、目論見通りすぐに食いついた。

「ん? さっきからわちしを叩いてた本じゃないか。…ほうほう、これは確かに見たことが無い本だ。というか、そんな貴重なものを武器に使うんじゃない」

「叩く原因を作ったのは誰だと思っている?」

「……いやぁ、ジャックはやっぱいい腕をしてるなー。さすがはわちしが見込んだ男だ、うんうん」

 目を逸らして吹けもしない口笛を吹こうとしている姿は典型的な誤魔化そうとしている姿だ。

 もはや、分かりやす過ぎて呆れてしまう。

「さて、本題だ」

 強引にクレスから本を奪い返すと、彼女を見下したまま話を続ける。

「クレス、この本が欲しいだろう?」

「うん、欲しい! ていうか、さっき土産だって言って放り投げたじゃんか」

「お前に頼まれていたのは珍しい本を探してきて欲しいと言われただけだ。だから、お前にも確認させて珍しい本だと証明させた」

「えー、そうだっけ? おねーさんはあんまり細かいこと覚えてないんだよなー」

「ともかく…お前が“なんでもする”というのなら、くれてやってもいい」

「はいはーい、するするー。全裸でご奉仕でもなんでもしまーす」

「……はぁ、つくづくお前は面白くない女だな」

 他と違って気の抜けるような返事をされてしまうとこちらの気も削がれてしまうが、まあ一応交渉は済んだ。

 溜め息をつきながら再び彼女の元へ本を戻すと、そのまま要件を告げる。

「クレス、またこの店の魔導書を貸してくれ」

「んぅ? それは別にいいけど、あれから大した本は入ってないよ?」

「あぁ、それでもいい。ランダに魔法を覚えさせようと思ってな」

「ほーお、そっちなんだ。彼女、適正高いの?」

「あぁ、俺よりもよほどありそうだ」

「へぇ、それは教え甲斐があるねぇ…」

「まあ、そういうわけだ。ランダ、しばらくこの店に通い詰めて魔導書を読み漁ると良い。もし分からないことがあれば、こいつに聞け。大抵なんとかなる」

「はい、分かりました」

「んっふふぅ~、懐かしいねぇ」

 懐かしい、その言葉に首を傾げたランダに対してクレスは言葉を続ける。

「んぅ? ジャックもそうやって魔法を覚えたんだよ。いやぁ、まるで昨日のことみたいだねぇ」

「もう何年も前の話だぞ」

「いやぁ、人間にとっては昔の話でも、エルフのわちしからしたら、ついこの間も同然さー」

「…クレスさんはやっぱりエルフだったんですね」

 隠そうともしない彼女の尖った耳をみれば、予想は付いていたのだろう。

「で、それと並行して調べて欲しいことがある」

「調べるも何も、ここにある本の内容は頭に入ってるしー、既に知ってることならすぐ教えてあげるよ」

「そうか。なら、不老不死や賢者の石について何か知らないか?」

「…そう。ジャックもそこに目を付けてしまったんだね」

 遠い目を向ける彼女の表情を見るのは珍しく、いつもは感じない儚ささえ覚えてしまうほどだ。

「何か知ってるのか?」

「いんや、確実なことは何も。どうにも胡散臭い話ばかりでねー」

「なんだよ、期待して損した」

 だが、知識欲の権化たる彼女でさえも明確な答えを知らないのであれば、不老不死へ至る道というのが如何に険しく、そして本当にそんな道が存在するのかさえも怪しく思えてしまう。

「わちしはただ…ジャックもそれを望むのかと思ってね」

「似合わないか? まあ、俺もそう思う」

「そうだね。君はどちらかというと死に場所を求めているのかと思っていたよ。でも、永遠の命を望むようになったのであれば、君は少し変わったようだ。…それも彼女や他の人の影響かな?」

 いつものふざけた態度が嘘のように声色が違った。

 クレスも本気で考えて答えてくれているのだろう。

「もしそうなのであれば、それは…ちょっと悔しいかもね。でも、そんなに長寿のわちしとずっと一緒にいたいなら、最初から言ってくれればいいのにー。素直じゃないなー」

「…はぁ」

 先程の彼女は夢か幻か。

 すぐにいつもの様子に戻ってからかい始めた。

「まあ、ともかくもう一度調べ直してみよーかな。なんでもすると言ってしまった手前もあるし、わちし自身は元々長寿種のエルフだから、その辺はあんまりキョーミ無くてちゃんと精査してなかったんだよねー」

「…とりあえず、その気になってくれたのならそれでいい」

「うん。だって、わちしも…」

 俺を見上げる少女の瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。

「ずっと一緒にいたいからね」



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