① 強者の理
「『賢者の石』、それは遥か昔…今よりも魔法技術が発展していたという超古代文明時代に存在していたという幻の秘宝。鉛や鉄を黄金に変え、人間を不老不死にするという伝承が残されていました」
「…まるで夢物語か、あるいはおとぎ話だな」
不老不死に関する情報を得たというポーラから詳細な話を聞いていたが、これだけでは噂レベルの眉唾物だ。
「不老不死というものは、それほどまでに現実味を帯びない神の領域ということなのでしょう」
ようやく情報を知り得たというのに、楽観視できなかったのはお互い様だった。
彼女の表情も険しいものだったが、きっと俺も同じような表情を浮かべていることだろう。
「…まだ断片的な情報を得ただけですから。ですが、これで不老不死と同様に賢者の石についても調べれば良い事は分かりました。小さいですが、目標達成までの確かな一歩を踏み出せたはずです」
「ふっ…、その通りだな」
そう簡単に手に入れられないものだということは分かっていたはずだ。
それでもなお得ようとする愚かな行いを止めることも無く、従者であるランダは前向きな姿勢を見せていた。
「この件に関しては引き続き探らせます。他の街も手当たり次第探って、ゆくゆくは国境をも超えるでしょう」
「あぁ、その調子で頼む」
「かしこまりました、ジャック様」
恭しく頭を下げたポーラと傍に控えるランダ。
さて、今日はどちらと愉しもうか。
結局、二人を伴って熱い夜を共にした後、彼女たちに挟まれる形でベッドに横になっていた。
右を向けばうっとりと雌の表情を浮かべるポーラがその大きな胸がたわむほど寄り添い、左を向けば未だ熱っぽい様子でこちらを見つめ肌を重ねるランダがいる。
「二人に少し話がある」
「はい、今度は二人のおっぱいでご奉仕致しましょうか?」
「いや、それも良いがな…」
「何かご相談ですか?」
ランダには夜伽の催促と思われてしまったようだが、ポーラは真面目な話だと悟って話を促してきた。
まあ、夜ごと何度も求めてしまうのがここ最近の日常だったので、ランダがそう勘違いしてしまうのも無理はない。
「相談というよりはただの報告だ。ポーラやスカーレット・リップスの活躍もあって、この町の実権はもはや俺たちが握っていると言っても過言ではない」
「はい、その通りです」
「だから、そろそろ俺はこの町を出ようと思ってな」
「そう…なのですか?」
「あぁ、この町の管理や情報収集に関しては…ポーラ、引き続きお前に任せる」
「それは…大変光栄なお言葉ですが、私でよろしいのですか?」
「お前以外の適任者が他のどこにいる? もう用心棒の手配も済んだんだろう?」
「はい…。スカーレット・リップスを先に仕立て上げたことでその時間は確保できましたから、先日ある程度招集できましたが…」
「なら、俺がいなくとも支障は無いだろう。そもそも、今とそう変わらないだろうからな」
彼女との一騎打ちの賭け(勝負)を経て彼女の全てを勝ち取ったのは俺だが、町の支配に携わっているのはほとんどポーラである。
国から指名手配されている俺の名前を裏社会でも出さないようにしていたので、他の奴らからは裏社会の一角にいたポーラがチカラをつけて、ついに町全体を掌握したと思っていることだろう。
「そんなことはありません。それとも、もう私に飽きてしまわれたのですか?」
身体を少し起こして顔を覗き込んでくる彼女に手を伸ばし、その心配を拭うように指通りの良い髪を撫でる。
「飽きてしまったのなら、今日もこうして二人に相手をさせたりしない」
「…それもそうですね」
少しは納得した様子を見せた彼女は惜しげもなく披露している肌を隠そうともせず、再びそっと寄り添った。
「ジャック様、どこか行く当てがあるのですか?」
「あぁ、知り合いに知識欲の塊みたいな奴がいてな。そいつにも不老不死や賢者の石について聞いてみようかと」
「…へぇ、それは女の方ですか?」
「どうしてそう思った?」
「なんとなく…です。女の勘とでも言いましょうか」
「ほぅ…なかなか良い勘をしている。だが、あいつとは特にそういう仲ではないぞ」
「あいつとは…? 他にも女がいるのですか?」
「おっと、藪蛇だったか…」
「無理も無いですよ。ジャック様の神髄を知れば世の女性は自然と好意を寄せてしまうのですから」
「それはどうだかな…」
「はぁ…。とはいえ、ジャック様の支配下にいる私たちには何を言う資格もありません」
「不満そうだな」
「それはまあ…無いといえば噓になりますけど…、彼女の言うように仕方ないと思う部分もあります」
「まあ、また帰ってきたらたっぷり可愛がってやる。だから、少しの間この拠点を任せるぞ」
「その言い方はズルいです…。最初から断る選択肢なんて無いんですけど、断る気も起きなくなってしまうじゃないですか」
むすっとしていた顔も面白かったが、やはり女の顔を覗かせた時が一番男心を擽る。
そっとポーラを抱き寄せると、彼女も甘えるように身を預けた。
「ジャック様、私も…お留守番ですか?」
「いや、ランダは一緒に来てもらう」
「へ?」
「はい、喜んでお供させていただきます」
ポーラの面を食らった顔とランダの誇らしい表情の対比は実に面白かった。
「彼女が同行するのでしたら、やはり私も…」
「ポーラ、少し冷静になって考えてみろ。お前まで町を離れたら、この町の管理は誰がするんだ?」
「それは…その……」
「それに、ランダが一人いるだけで旅が充実するのはここに来るまでの間に経験済みだ。ポーラと違って料理は上手いし、夜のお供も申し分ない」
「ぐぬっ…」
「お褒めいただきありがとうございます」
料理という言葉を聞いた途端、妙な声が右耳に入ってきた気がする。
元々大して味にうるさくない俺は食べられるものならそれこそなんでもいいと思っていたが、ランダの手料理を食べ慣れてくると舌が肥えてきてしまったようだ。
まあ、ポーラの場合は単純に経験も少なくまだまだ料理の腕前は素人以下なのだが…。
「それぞれ立場が違ってジャック様のお役に立てる手段が違うだけですよ。お互い得意な分野でジャック様を支えましょう」
「…そうね。私もジャック様が不在の間に、もっと支配の手を広げてみせます」
勝ち誇った顔でいってももはや嫌味にしか聞こえなかったが、お互いがそれでギリギリ納得したなら俺の方からそれ以上言うことも無い。
「それで、行き先はどちらなのですか? 場所によってはスカーレット・リップスも何人か派遣するつもりでしたから、一緒の馬車で町までご同行させますが」
「場所はコクシムだが…、あいつらを連れて行くのは少し考え直した方がいいな」
「コクシムなら国境からもそう遠くないですから、色んな情報が集まっていそうですけど…理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「さっきとは別の知り合いが娼館紛いの店を開いていてな。俺は一応そこの用心棒みたいな仕事も偶にしている――」
「だから、その女の商売の邪魔をするようなことをしたくないと? そうおっしゃりたいのですね?」
「まだ相手が女だとも言ってないんだがな…」
「相手が女で、しかも余程気に入った女でもなければ、あなたがそんなことまで義理立てするとは思えませんから」
「ほぅ、さすがこの町の裏社会を仕切っている女。良い考察力をしている」
「あなたのやり口を間近で見ていれば、そのくらいのことは分かって――あんっ、もう…真面目な話をしてる時に…」
「プリプリ怒っている姿より、良い声で鳴いている方がよっぽど魅力的だぞ」
「あなたって人は…やんっ、もう…だめったらぁ…」
もみもみと彼女の身体をもみほぐして上手く話を逸らしたところで、彼女を抱き寄せその瞳をジッと見つめる。
「ポーラ、勘のいいお前なら今俺が考えていることが分かるか?」
「…当たり前じゃないですか。もう一度だけ抱きたい――でしょう? んっ、ちゅっ…」
「よく分かったじゃないか」
「それはそうですよ。だって、私も同じ思いでしたから」
彼女の身体を貪るように抱き合っていると自然に彼女が上に跨る形になって、その身体に再び俺を招き入れた。
「んっ、んんっ…ぁ、んふぅ……私にこの町を託してくれたのは嬉しく思います。…ですが、私を置いて行ってしまうことを後悔させてあげますね」
「あぁ、望むところだ」
ずっぽりとハマってしまった雌沼に導かれ、彼女の嬌声と共に快楽の果てへ至るころにはすっかり夜が明けてしまい、出立の予定が遅れてしまったのは言うまでもない。
ひっそりとポーラたちに見送られてサンドウジの町を後にすると、再び静かな旅が待っていた。
コクシムへ向かう馬車も出ていたのだが、大して急ぐほどの用も無いのでいつも通り徒歩でののんびりとした移動である。
馬車での移動は楽ではあるが、道中がつまらないというのも個人的に好かない理由ではある。
相乗りの馬車の中で女を抱くのはさすがに憚られるし、ある程度整備された街道を進むだけではモンスターの類もそうそう襲ってこない。
であれば、ランダにモンスターとの戦闘経験を積ませながら、しっぽりと夜を愉しむ方が一興だ。
「器用な分、腕は良いし度胸もある。その分なら、並大抵のモンスター相手にもう手こずることは無いだろう」
「はい、ありがとうございます。全てはジャック様のおかげです」
謙虚な従者は夕食の準備を怠らずに微笑み返した。
「全てってことは無いだろう。ほとんどはお前の素質とやる気の成果だ。俺は大したことを教えてはいない」
「そんなことはありません。この命もジャック様あってのものですから」
「…まあ、お前が良いならそれでいい。あとは、コクシムへ着けば魔法についてもより多くを学べるだろう」
「はい。ちなみに…なんですけど、ジャック様は武器の扱いや魔法についてどのように学ばれたのですか?」
「俺か? そういえば、その話はしてなかったか。俺の場合はほとんど独学だ。必要があったから死ぬ気で覚えた。ただそれだけ。魔法についてはほとんどがコクシムにいる知り合いが持っているいくつもの魔導書を頼りに覚えたものだ」
「そうだったのですね。今の聡明で強者の頂に立つジャック様からはとても想像できません…」
「ハッ、それはさすがに買い被り過ぎだ。俺だって最初から強かったわけじゃ無いさ」
焚火の上でぐつぐつと煮える鍋の音を聞きながら、まな板に置かれたナイフを眺めていると遠い日のことが薄っすらと頭を過ぎった。
――あの頃はただ必死だった。
生きる為に知恵を絞り、生きる為に奪い、生きる為に殺す。
そんな毎日が繰り返され、いつ死ぬかも分からない状況の中、神経を研ぎ澄まして眠れない夜を過ごしていた。
「ジャック様、できましたよ?」
「…あっ、あぁ、そうか」
昔の荒廃した光景に似つかわしくない可愛らしい声が脳に響いて、現代に意識が戻った。
もしかしたら、今の瞬間は完全に無防備だったかもしれないと察すると、ランダにその隙を突かれてナイフを突き立てられていてもおかしくはなかったのだが、その考えは杞憂だった。
「ジャック様、あーん」
いつの間にか隣に座っていた彼女は、暢気に出来上がった鍋料理を一口差し出してきた。
毒気が抜かれるほど優しい表情をしていたので、つい流されるまま口にしてしまった。
「ん…うん、美味い」
「えへっ、良かったです。お口に合ったみたいで」
これで毒でも盛っていたのだとすれば、あながち俺の考えも杞憂では無かっただろうが、今日の飯もなかなか美味しいものだったのでその予想も外れた。
俺に続いて彼女自身も口にしていたので、尚更である。
毒に犯されていた彼女を助けた俺に対して毒を以って殺そうとするのはなかなか愉快だと思ったが、生憎と俺には毒に対して耐性があるのでどちらにしろ大して気にすることではない。
それにしても、その目で何人もの人間を無残に殺してきた姿を見てきたはずというのに、彼女の俺を映す瞳には一点の曇りもなく、むしろ無警戒で寄り添っているとはやはりなかなか肝が据わっている。
「どれ、もう一口貰おうか」
「はい、もちろんです。いっぱい食べて下さいね、はい、あー、あっあんっ…ジャック様ぁ」
「ハハッ、女の乳を揉みながら食う飯が一番美味いのさ」
「あぁんっ、ジャック様…お戯れを…」
こんなことをしてもその手を離そうともしないのだから、この女はやはり他の女共とは決定的に何かが違うのだろう。
調子に乗ってランダの艶めかしい唇も奪ってしまうと、彼女はうっとりと目を細めて熱い吐息を漏らす。
「あはぁ…、ジャック様ぁ…」
「どうやら、食事は後回しになりそうだな」
「はい…、また温め直しますから…今は……」
「あぁ、分かっている。お前には先に俺のモノを食べてもらうとしよう」
「あはぁ…嬉しいです、ジャック様ぁ…」
すっかり熱に浮かされてしまった彼女がしな垂れかかってくると、そのまま姿勢を下げて頭も下ろした。
ランダはクンクンと鼻を鳴らしながら慣れた手つきで男を捕まえると、言われた通り口に咥えて男を味わう。
静かな夜に響く焚火のパチパチと燃える音と共に、艶めかしい水音が聞こえてきた。
良い気分になったところで、功労者である彼女の髪を撫でてサラサラした指通りを楽しむ。
それに気を良くした彼女はさらに甘えるような声を出して奉仕に熱を入れる。
旅のお供に女がいるのは、やはり夜が充実して良いものだ。
だが、昔とはまた違った理由で眠れない夜が続きそうなのは少々問題でもあった。
明くる日、もうすっかり日が高くなった頃にようやく目覚めたかと思えば、目覚めのご奉仕とやらでまたランダに一仕事してもらった。
確かに「なんでもする」という約束を取り付けて彼女を同行させ、自分にとって都合が良い様に仕立て上げようとしていたが、その目論見以上の成果を上げ始めている。
もはや、俺が何を言わなくても甲斐甲斐しく世話をして、朝でも夜でもお構いなしにご奉仕してくれそうな勢いである。
ストレスが無いので出来が悪い女に比べれば遥かにマシだが、嬉しい悲鳴とはまさにこのことかと実感し始めている今日この頃。
もう一人の懸念人物について、ランダに話しておくことにした。
「時にランダ。ポーラについてお前がどう思っているのか聞いておこうか」
「ポーラさん、ですか? どうと言われましても…ジャック様ほどでは無いにしろ知恵が回る方で、裏社会の支配や制圧においてもチカラを発揮し、部下であるスカーレット・リップスなどからも信頼を得ていました」
旅の道中は徒歩にしろ馬車にしろすることがまず無いので、ひたすら足を進めながらこうして話すことで退屈を紛らわすことができる。
「あとは、女の私から見てもおっぱいが大きいなと思いましたけど…それがどうかしましたか?」
「ふぅん…確かにナマで見てもデカかったな。っと、今はそういう話をしようとしていたのではない」
「では、一体なんでしょう?」
ランダとは少し身長差があるので、隣を歩く彼女が覗き込んで来ると自然に上目遣いになっていた。
それと同時にやや窮屈そうな和服の胸元から胸の谷間も覗けるので、実に良い目の保養だ。
「一騎打ちの賭けで勝ったのは俺だが、結果的に一番得をしたのは誰だ?」
「…? ジャック様では無いのですか? ポーラさんのようなおっぱいも大きな美人を手籠めにして、あの町も裏から手中に収めましたし」
「いや、それは違う。そもそも、俺は奴にも言った通り町の支配には興味が無かった。だが、現在のあの町の姿は全てポーラの描いていた光景そのものだとは思わないか?」
「確か…より強い用心棒を求めてジャック様と賭けを行うことになったんですよね…。その場合、もし彼女の手にジャック様が渡った場合…ジャック様のチカラを利用してあの町の裏社会を牛耳る算段だったとすると…ジャック様の仰る通りですね」
「そういうことだ。今頃、俺がいなくなって反旗を翻しているかもしれない。ただ、昨夜あれだけ油断を誘っても襲ってこなかったことからすると、すぐに仕掛けてくる手筈では無かったようだな」
まあ、町から出ることを言い出したのも突然だったから、準備が間に合わなかっただけかもしれないが…と付け加えていると、ランダは腑に落ちない様子で首を傾げていた。
「ジャック様の言い分は分かります。ただ…これは私の見解ですけど、その予想は少し違うのではないかと思います」
「あぁ…まだ戦力が心許ないからな。俺を確実に殺れる時までひっそりと息を潜めているつもりかもしれない」
「…いえ、そうではなくて。ポーラさん自身がジャック様を裏切るようなことを考えてないのではないかと」
「ランダ、それは甘い考えだな。あいつほど賢くもあり、"絶対に勝てる場にしか賭けない"と豪語していたことも踏まえると、あの一騎打ちで勝っても負けても最終的に自分が得をする"勝ち"方まで考えていても不思議じゃない」
「あの場で勝っても負けても、今の結果になると最初から踏んでいたのなら…確かにそれは恐ろしい女ですね」
「ちなみに、ランダの意見の根拠は何だ?」
「私のは…ただの勘です」
「勘? 女の勘ってやつか」
「はい。当てにならない根拠で申し訳無いですが、私が見てきた限りではポーラさんがジャック様に対してもう敵意を向けているような素振りを見せるどころか、一人の女として羨望の眼差しを向けているように見えました」
「…俺の経験上、女というのは一度や二度抱かれたくらいで男に心まで許すようにはまずならない。むしろ、わざと抱かれることで相手の油断を誘うのが常套手段だ」
「私は違います。ジャック様に身も心も捧げて――」
「あぁ、お前が他の女とは少し違うのは分かっている」
「ジャック様…」
「ともあれ、何かあるかもしれないからお前も注意しておけ…という話だ」
「はい、ご心配ありがとうございます。そういうことでしたら、この胸に刻んでおきます」
「あぁ、その立派な胸に傷がつかないよう覚えておけ」
「ふふっ、ジャック様ったら…」
少し真面目な話が長引いてしまっただけに彼女の表情も強張っていた素振りがあったが、もうすっかりそれも無くなっていつも通りの笑みに戻っていた。
心をほぐすついでに身体もほぐしてやろうとその豊満な胸に手を掛けて揉みしだいていると、彼女の悩ましい声と被って遠くから重い音が響いて来た。
「……ん?」
「ぁ…んんぅ……どうかなさいましたか?」
可愛らしく小首を傾げる仕草を見る限り、どうやら彼女はまだ気づいていないようだった。
「ランダ、こっちだ」
まだ彼女程度の器ではそれも仕方ないかと思う一方で、だからこそ自らを身の危険に晒すのだろうと妙な納得を覚える。
胸を触っていた手で彼女を抱くように木の影に誘導すると、静かに耳を澄ませて辺りの様子を探る。
「しばらく大人しくしていろ」
「…ふふっ、かしこまりました」
ようやく何かに気づいたらしい彼女は、ほくそ笑んでその場に膝をついた。
そして、そのまま俺の股間に手を伸ばすと、少々歩きづらくなっていた原因を取り出して躊躇いも無く潤しい口を近づけた。
「…何のつもりだ、ランダ? 大人しくしてろと言っただろう?」
「はい。ですから、大人しくご奉仕をと…」
「あぁ…そういう……」
直前に胸を揉んでたから余計そのような勘違いをしてしまったのだろう。
もちろん、そんな言ったつもりでは無かったが、一度事が始まってしまえば熱心なその唇の奉仕を止めさせるのも口惜しい。
隠れることはしてもすぐ逃げる必要は無いので、予定通りしばらくこのまま様子を見るとしよう。
「ぢゅるっ…、あの集団に見つからないようこっそり愉しむ…という趣向ですよね? 私もドキドキしちゃってます」
熱っぽい表情で奉仕を続ける彼女を見下ろすと、深い胸の谷間までバッチリ見える上に、その大きな胸が時折太腿の辺りに当たって柔らかく押しつぶされるので、その感覚もまた一興。
そして、彼女の言うように少し先に見える開けた場所では複数の人間と2台の馬車が止まっていた。
いやらしい笑みを浮かべ小汚い格好をしている腹の出た中年男と小綺麗な格好をした細身のおっさんが何やら交わしているのが窺える。
だが、それ以上に目を引くのは馬車に積まれた檻の中にいる複数の女たちだ。
年代こそバラバラで幼い子供から成人しているような女までいるが、揃いも揃ってみすぼらしいボロ布を纏っただけの簡易的な服装をしている。
まだ幼かった頃の記憶を想起させる姿でもあるが、あんな格好でいるような奴らがこの状況に置かれているのをみれば彼女たちが何かはすぐに分かった。
「あれは奴隷商だな」
「ほれーほーれふか?」
「咥えたまま喋るな。何言ってるかさっぱりわからん」
「ぷはっ…、すみません」
もはや、彼女こそ俺にとっての奴隷と言っても過言では無いだろう。
この状況下で素直に謝罪し一旦口を離したと思えば、今度は肌を晒して胸での奉仕に切り替えたくらいだ。
彼女の口の中も気持ち良かったが、柔らかく包み込まれるこの感覚は何とも捨てがたい。
「奴隷商がこんなところで一体何を…?」
「そりゃあこんなところだからこそ、だろう。あの男には人目を避けて奴隷を買いたい理由でもあるとかな」
「なるほど…。それで、ジャック様はどうなさるおつもりですか?」
「さて、どうしたもんかな…」
彼女に胸での奉仕を続けさせながら、奴らの会話を盗み聞こうと耳を立てるが、近くから聞こえる水音の方が気になって仕方ない。
奴さんもまさかこそこそ奴隷売買をしている横で、こんなことをしてる奴がいるとは夢にも思わないだろうが、現実離れした現実はさらに襲い来る。
「な、なんだ!?」
「じ、地震か!? あ、ま、待て! まだわしらが乗っとらんぞ!」
人間よりも遥かに危機察知能力が強い馬はいち早く危険を感じ取ったようで、まだ奴隷を積み替えている最中にも関わらず勝手に逃げ出していく。
急に暴れて走り出したことで、既に乗っていた数人も振り落とされて少し先で地面に伏して身体を痛めていた。
「ジャック様…」
「お前は気にしなくていい」
ここまで伝わってくる明らかに大きな地響きを感じ取ると彼女にも不安の色が映ったが、俺のたった一言でその様子も消え失せた。
しかし、その地響きは一度や二度で終わらずどんどん大きくなっており、まるでこちらに近づいているようだった。
「これは…これは嫌な予感がする! す、すぐに逃げねば!!」
「逃げるって言っても、もう馬は行ってしまったではないですか!」
「そんなこと言っとる場合か! ああもう! だからこんなところで取引するのは嫌だったんだ!」
「何だって!? そっちこそ、馬にもちゃんと調教してればこんなことには!」
男たちは危機に瀕しているというのに互いに怒鳴り合っているので、もう耳を澄ませずとも勝手に声が聞こえてきていた。
「…哀れだな」
醜い惨状を見て呆れてしまうと、思わず溜め息の一つも出てしまう。
足元にいるランダこそ悠長に奉仕を続けているが、怒りや不満をぶつけ合う男たちの周囲にいる奴隷たちはただただ震えているばかりだった。
「…ほぅ。これはデカいな」
「ご謙遜を。ジャック様のも十分大きくてご立派ですよ」
ランダの妄言は聞き流して、ようやく現れた地鳴りの正体をまじまじと観察する。
「あ、あり得ない…! これほどまでに大きなモンスターが、なぜこんな森の外れに…」
フェロウシャスベアーと呼ばれる赤い大熊はその巨体を惜しげもなく晒し、興奮した様子で人間どもを見下ろしていた。
その大きな体は少し動く度に生い茂る木々の枝をも折り散らし、歩く度に重たい地響きをもたらす。
ともすれば、もう少しで背の高い針葉樹ですらその身体を覆えなくなってしまいそうなほど人間とは比べ物にならない巨体をしていた。
「に、逃げろー! とにかく逃げるしか…っ! ぐはぁ!」
今更ながら言い争っている場合ではないと察した男たちはすぐさま逃げようとするが、熊の狩猟本能を刺激してしまったらしく真っ先にその餌食となった。
巨大で鋭利な爪による攻撃は人体を容易に切り裂いて、素人の目で見ても分かるほど出血をもたらしあっけなくその命を刈り取った。
「赤毛の熊にあの傷…まさか…」
だが、俺はそんなことよりも奴の左目にある見覚えのある形をした傷に目を奪われていた。
過去、今と似たように転々と町を放浪していた際、赤い熊と遭遇して対峙した時に目に深い傷を負わせたことで逃げ出した相手がいたことを思い出した。
まだあの頃は俺も未熟な面があって仕留めきれなかった覚えがあるが、記憶が正しければその時の体長は精々大人の身長の倍くらいなものだったはずだ。
当時の自分が今の自分よりも小さかったとはいえ、こいつがあれから明らかに大きく成長したのが窺える。
「…だとすれば、こんな森の外れにわざわざ来たのも頷ける」
おそらく、俺の匂いや気配を感じ取ってあの時の借りを返しに来たというところだろう。
モンスターに限らずそういう輩はやってくるので、珍しい話ではない。
「そろそろ、いくか」
「でしたら、私の口に出して下さいませ」
また何か勘違いしたらしいランダが胸での奉仕を続けながら男の一番敏感な部分に口をつけると、それが引き金となって我慢していた欲望が溢れ出す。
「ぁ、イクっ…」
「んぷっ…んっ、んぐっ…」
とめどなく溢れ出した白き濁流をその可愛らしい唇で受け止めたランダは苦しそうな表情を見せても、自分からは決して離そうとせず何度も喉を鳴らして飲み干していく。
「んっ…んんっ、んっ…んふぅ……ごちそうさまでした」
出されたものを一滴も残らず飲み干したことを証明するように口を開いて見せた彼女の髪を撫でると、猫撫で声を出してうっとりと目を細めた。
いつもならこのままもう一度舌を使ってキレイに掃除させるところだが、これ以上のんびりしているわけにもいかない。
横目で惨状を見れば、結果的に警護の者も含めて男たちから始末した熊が今にも奴隷たちに迫ろうとしているのが分かる。
残された奴隷少女たちは逃げ出すことも叶わず、その場に震えてうずくまったり、絶望に打ちひしがれて呆然と立ち尽くしてしまった者もいる。
だが、モンスターであるあいつは聖騎士でも無ければ正義を気取ってるわけでも無い。
なので、奴隷たちも見逃すつもりも無いようだ。
「お前はここで待ってろ。熊肉の献立でも考えながらな」
「はい、いってらっしゃいませ」
少し惜しい気もしたが、お掃除はまたいつでもさせればいい。
それよりも、今はあいつらと遊んでやろう。
そう思いながら、笑顔で見送るランダの傍を離れて颯爽と惨劇の場へ向かった。
「いやああああぁぁっっ!」
けたたましい悲鳴と共に打ち鳴らされた金属音によって彼女の身には傷一つつかなかった。
「うるさい女だな」
男たちを簡単に切り刻んだ攻撃も俺に対しては力不足だ。
スルッと刀でいなしてしまえば、なんということも無い。
だが、相手はそれだけで引く様な玉ではない。
むしろ、自分よりも遥かに小さな俺を見下ろすその目を大きく見開くと、今まで以上に憤慨し大きく咆哮を上げた。
「追っかけ回されるなら、せめて良い女だけにして欲しいもんだ」
復讐心に身を焦がす熊も気に留めず振り返れば、絶望に打ちひしがれていた少女たちの目に僅かな希望の光が灯る。
「おい、そこの。お前ら、こいつのエサになりたいか? それとも、そこに転がってる奴らのようになりたいか?」
奴隷たち一同は全力で首を横に振った。
「お願いします! 助けて下さい!」
「助けるのは構わないが、俺もこんなやつを相手にタダでやりたくはないなぁ?」
「私たちにできることなら、なんでもします! ですから…」
「ふっ…その言葉に二言は無いな?」
「はい、もちろんです!」
「他の奴らも同じ気持ちか?」
「はい!」
「そうか…くくっ…」
全員の言質を取ったところで、話してる最中でもお構いなしに攻撃してくる相手と再び向き合った。
「確かにお前は図体もデカくなって昔より強くなったのは事実だろう。だが――お前では俺には勝てない」
回避と防御に専念していた姿勢から、一気に反撃へ転じる。
「この数年でお前が強くなったように、俺はもっと強くなった。それが分からない節穴だから、お前は愚かなんだ」
そんじょそこらの名刀でも簡単には切れそうもない筋肉質の巨体であっても、妖刀「百鬼夜攻」の前では豆腐を切るのと何ら変わらない。
「まあ、負けを知って強くなるという考え方はある。だが、勝負というのは勝った者が全てを得て、負けた者が全てを失う。一度負けて全てを失ったお前に、勝者であり続ける俺が負けるはずがない」
今度は逃がさないよう後ろ足から切り落とすと、次は前足を狙って切りつける。
「精々復讐心に身を焦がして他の個体よりも余程強くなったんだろうが、無駄だったな。それでも懲りずに俺の首が欲しければ、地獄で待ってろ」
そして、最後にその首を切り落とすと、チカラの抜けたデカい図体が転がって最後に大きな地響きを起こした。
「――何度でもお前を殺してやる」
その戦い…というより虐殺を目にした一同の反応は熊よりも恐ろしい怪物を知ってしまった恐怖に戦慄いているようだったが、茂みの向こうから見つめるランダだけは羨望の眼差しを向けて歓喜に打ち震えていた。
「…全く、つまらん相手だ」
殺気を纏った気配が消えると、森は急激に静けさを取り戻す。
どっぷりと血が滴る刀を一振りして汚れを払うと、再び鞘に納めた。
「お見事です、ジャック様」
みすぼらしい女たちが未だに固まってる中、一人だけ場違いにも拍手をして近寄ってきた。
「何が見事なことか。ただデカいだけが取り柄の相手なんて面白くもなんともない」
「そんなことはありません。私ではとても…」
「いや、そうでもない。今は難しくてもそのうちランダも倒せるようになるだろう」
「ジャック様がそうおっしゃるのであれば、そうなんでしょうけど…」
「まあ、これからの頑張りと魔法の習得にもよるか」
こいつが俺よりも魔法適正が高いのは既に調査済みなので、その言葉はあながち間違いでも無いのだ。
「それより、ランダには早速飯の用意でもしてもらおうか。食いきれないほどの熊肉がそこに転がってるからな」
「はい、お任せください」
「どれ、少し切り落としてくるか」
フェロウシャスベアーの肉は癖が少なくて美味しいのはわりと有名な話だが、討伐数も少なくさらにその希少部位ともなるとなかなか値が張るもの。
しかし、通常の倍ほどまで大きく育ったこの身体にはその希少部位も2倍はあろうということになる。
しかも、元手が掛からず分け前も少ないのだから、もはや希少部位の食べ放題と言っても過言では無いだろう。
一般的にロースやヒレと言われる調理しやすく食べやすい部分の肉を切り取ると、適当な量を持ってランダの下へ運ぶ。
「ほらよ。調理法は任せるが、足りなければ言え。まだいくらでもあるからな」
「はい、ありがとうございます。新鮮なのもあって赤身は綺麗ですし、脂の乗りもすごいですね。これなら味は期待できそうです。とりあえず、熊鍋とステーキにしようと思ったのですが…どうでしょう?」
「良いんじゃないか? 王道かつシンプルだが、それ故に無難な答えだ」
「はい。では、そのように致します」
まだ血の匂いが立ち込める惨状とそう遠くない場所に焚火を構えたランダも、なかなか図太くなってきたものだ。
「あの…助けて頂いてありがとうございます」
未曾有の危機から一転して朗らかな空気に包まれた一角へ、のこのこと女がやってきた。
「口先だけの礼はいらん。それより、他の者も全員無事か?」
「え…? あ、はい。転んだ拍子に怪我を負った子もいますが、かすり傷程度で済んでます」
「そうか、それは良かった」
若干の不審な雰囲気を感じ取った女は違和感を覚え始めているようだが、もう遅い。
思わず口元が緩んでにやけてしまったが、この惨劇における本当の愉しみはこれから始まるのだ。
「文字通り食料は腐るほどあるんだ。お前らも食べたいだろう?」
「い、頂けるでしたら、是非! 満足に食事を貰えていない子もいっぱいいますので」
「そうかそうか。なら、一度全員この場に集めてくれ。俺から軽く挨拶をしてやろう」
「分かりました。すぐに呼んできます」
駆け足で去って行く後ろ姿を見送りながら、ランダだけに聞こえるよう小さな声で呟いた。
「今日の夕飯は…そうだな。せいぜい三人分作れば足りるだろう」
「…それだけでよろしいんですか?」
「あぁ、十分だ」
ランダは振り返るともう一度彼女たちを数えていたが、その数は先程と変わりなく20人近くいるだろう。
しかし、彼女にとっては俺の言葉が全てだ。
それ以上文句も言わず訂正もせず調理を進めていく。
そうこうしているうちに、ぞろぞろとボロ布を身にまとう奴隷たちが集まってきた。
ランダと比べてしまえばみすぼらしく汚らしいのは着ている服だけではない。
あちこちに痣や傷があるものもいれば、痩せ細って骨ばっている者までいる。
まるで、あの頃あの場所にいた奴らと同じだ。
だが、俺はそんな奴ら一人一人に同情したり、感情移入するほど甘くは無い。
「全員無事で結構なことだ。そして、腹を空かせている諸君にはおあつらえ向きなことに、ここにいる全員で食っても食い足りないほどの肉の塊が転がっている」
わりと小柄で幼く見える子供までいるので、どこまで理解できているかは分からない。
それでも、涎を垂らして熊の肉に釘付けになっている姿を見れば、何が欲しいのかはよく分かる。
「だが、残念なことに調理器具はそう大きくは無い。これでは全員分の用意をするのは難しい」
話の空気感が変わってきたことを察すると彼女たちも楽観的ではいられず、一気に場の緊張感が増してきた。
「さらに悪い知らせは続く。生憎、馬も馬車もどこかへ行ってしまった。これでは君たちを助けようにも俺たち二人だけではままならない。そこで――」
「……」
「…ごくり」
「――お前たちには、最後の一人になるまで殺し合ってもらう」
「なっ…」
「え…?」
いざ死の宣告を受けた際の反応は人それぞれだった。
抗議の声を荒げる者、何を言っているのか理解できず唖然とする者、仲が良い間柄なのかお互いに身を寄せる者たち、そして覚悟を決めた目をする者。
「なんで…、なんでそんなことしなくちゃいけないの!? せっかくみんな助かったのに!」
「なぜ…という問いには自分の胸に聞いてみた方が早いだろう。お前たちが"なんでもする”と言ったんだ。だったら、約束通りフェロウシャスベアーから助けてもらった以上、なんでもするのは当然のことだ」
「そんなの…おかしいよ!」
「おかしい? 俺は至極真っ当なことを言ってるつもりなんだがな」
「おかしいに決まってるでしょ! なんで…なんでみんなが助かったのに、殺し合うだなんて…! それに、ご飯だってみんなで手伝えば全員分用意することだってできるでしょ!?」
「ふぅん、なるほど。自分の言ったことに責任を持たず、他人のやり方に文句を吐けるか。…どうやら、自分の立場が分かっていないようだな」
一番大きな声で抗議する女にズカズカと近寄ると、その首に刀の切っ先を向ける。
「ヒッ!」
「お前はもう助かったつもりのようだが、そもそもそれが間違いだ。さっきはフェロウシャスベアーに命を狙われ、今度は俺の手に命を委ねられている。どちらもそう変わりない、自分よりも強い相手から命を危険に晒されているという意味ではな」
「そんな…なんで……?」
「簡単な話だ。俺はお前たちに興味が無い。俺にとってお前たちは必要ない。だから、お前たちが生きようが死のうがどうでもいい。ただ、それだけだ」
怒りも無くただただ静かに見つめる冷酷な瞳に映る彼女は、ようやく真の絶望を感じ取った。
「私は…私たちは…だったら、どうすれば良かったの…?」
「一番簡単な手は奴隷商をさっさと殺して逃げることだっただろうな。次にフェロウシャスベアーを自力で倒すか追い払うこと。そして、この俺を倒すこと。いずれにせよ、何が必要だったか分かるか?」
「…チカラ。誰かを殺すチカラ…、誰にも負けないチカラ…」
「そうだ。弱いからこそ虐げられる。弱いから窮地に立たされる。弱いから利用される。それが嫌なら必死で足掻け、もがけ。そしてチカラを手にしろ」
「だったら私が…! あんたを殺すっ!!」
「ふっ、そうだ。その意気だ…と言いたいところだが、それではさっきの熊と同じだ。…哀れな女め」
なおも反抗し俺の首に手を掛けようとした女の首を切ると、見せしめに彼女たちの下へ放り投げる。
「ここまで言っても分からないようであれば、俺が直接殺す。逃げようとしても殺す。…さあ、分かったら始めろ。自分が生き残るための戦いをな」
俺のその言葉を皮切りに一斉に飛び掛かった奴隷たちは、一心不乱に目の前の敵を排除しようと殺し合いを始めた。
チカラの限り殴りかかる者もいれば、先程の女のように首を狙う者もいる。他にも木の枝や石を拾って武器として扱う者もいた。
まさに醜い殺し合いを眺めながら高みの見物を決め込むと、ランダの下へ行って寛いだ。
「奴隷として身寄りのない子たちなら、次世代のスカーレット・リップスにも仕立て上げられたと思ったんですけど、良かったんですか? これで」
「確かにその手も考えてはいた。だが、さっきも言った通り俺はポーラ自体を完全に信用してはいない。それに、あのスカーレット・リップスを育てた時に思ったんだ。才能の無い奴に一から教えるのは無駄だとな」
「そうでしたか、出過ぎたことを言って申し訳ありませんでした」
「気にするな。身体で返してくれればそれでいい」
「はい、お料理もご奉仕もお任せください」
時々飛んでくる木の棒や石ころを弾き返し、血の匂いが交ざる熊肉の良い香りを嗅ぎながら、愉快な光景を見守って嘲笑った。
「くくっ、今日は美味い酒が飲めそうだ」
奴隷たちの醜い争いは闘技場でも見ることの敵わない見世物だった。
しかし、それもいつかは終わりを迎え、勝者である最後の一人が生き残った。
「お前が残ったか」
彼女たちに殺し合いを仕向けた時、一番最初に覚悟を決めた目をしていた女だけがその場に立ち尽くしている。
他の者たちに比べても年齢や体格にも分があることから、妥当であり順当な結果だったといえるだろう。
一番幼かった少女が勝ち鬨を上げるようなキリングジャイアントを成し得れば面白かったのだが、なかなかそうはいかないらしい。
「さあ、こっちへ来い。勝者にはこれを食う権利がある」
すっかり暗くなってしまった森の中で唯一の明かりが灯る焚火の傍で待っていると、暗がりからその少女がゆっくりと現れる。
最後の一人として勝ち残ったとはいえ、その身体には無数の傷や痣があり、奴隷として虐げれていたものも加えればそれはもう酷いものだった。
「いいんですか…?」
「あぁ、俺は約束は守る男だ」
何がどうして彼女が奴隷として扱われるようになったのか。その後、どんな仕打ちを受けてきて今に至るのか。
そんなことには微塵も興味は無かった。
しかし、ようやくお腹いっぱいになるまで食べられる飯、しかもご馳走を目の前に人間らしさを取り戻した姿を見れば、それが如何に過酷なものだったかは窺える。
「だが、その前にちょっと手や身体を洗ってこい。冷たい水は染みるだろうがな」
「はい…分かりました」
「こっちです、どうぞ」
ランダに近くの川まで案内されていった彼女の瞳には再び光が揺らめいており、その目でご馳走を追っていたのもまた愉快なことだ。
これで本当に助かった――まるでそう思っているのがまざまざと感じられて、これが最後の晩餐になるとは夢にも思っていないことだろう。
勝者へのせめてもの褒美を用意したのも事実だが、彼女たちに言った通り俺は最初から彼女たちに興味など無く、一人だけ残ったところで助けるとか拾うとも言った覚えはない。
あの小さな世界の勝者であっても、真の強者の前ではただの無力な女であるとまだ理解できていないのだ。
「美味いか?」
「はい、とっても美味しいです!」
みっともないほどがっついて食べ漁る姿を見る限り、同じ奴隷であった女たちを殺し尽くした女とは思えないほど明るい雰囲気を取り戻しつつある。
美味い料理で腹が満たせるというのは、それだけで人間の質を上げることができるのだろう。
身体や心の痛みも忘れて一心不乱に食べ続ける彼女にとって、今は他のことなどどうでも良くなっているに違いない。
「いい食べっぷりだ。そんな勝者のお前にいいことを教えてやろう」
「ん? なんですか?」
スッと懐から取り出した小瓶には少量の赤い液体が入っており、見覚えのあるそれを目にしたランダは一瞬目を見張った。
だが、口をはさむことはせず、静かにその様子を見守っている。
「隠し味にこれをほんの一滴入れるだけで、美味さが劇的に変わるんだ」
「そう…なんですか? なんか、すごい色してますけど…?」
「はっはっは。まあ、そう思うのも無理はないかもな」
警戒する少女の視線を余所に自分の器へ一滴垂らすと、平気な顔で食事を再開する。
「ん~、美味い。やはり、最高だ」
俺を見つめるランダの瞳は物言いたげだったが、それでも彼女は口を開かずに静観していた。
一方、まだ生傷が色濃く残る少女は好奇心を抑えられない様子で見つめてくる。
満足に食事にありつけないものもいたという奴隷たちの中で唯一まともな食事を得られ、腹が膨れるほど食べられる優遇された立場に置かれたというのに、人というのは更なる欲を抱いてしまうのだ。
「ん? お前も欲しくなったか?」
「い…いいんですか?」
「あぁ、構わんさ。勝者のお前にはその権利がある」
「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えて、少しだけ……」
少女が差し出してきた器にも同じように一滴垂らすと、それはすぐに馴染んで嘘のように消えてしまう。
「さあ、存分に味わうがいい。じっくりとな」
「はい、ありがとうございます」
ワクワク、ドキドキという高揚感が見て取れるほど顔に現れている少女がいざそれを一口食べると、あまりの衝撃に身体を震わせた。
「うがっ! ぐっ、がはっ! があぁあぁっ! ぁ……」
あれほど欲していた食べ物を放り出し、のたうち回るほど激しく喜びを表現すると、それはあっという間におとなしくなった。
「美味すぎて昇天してしまいそうだというのは、きっとこういうことを言うんだろうなぁ…くくく」
隣で息を引き取った少女のことなど大して気にも留めずに食事を続ける。
「ジャック様、やはりその薬は…」
「あぁ、スカーレット・リップスに持たせていた即効性の毒薬だ。何かに使えるかと思ってくすねていたのが、こうも早くに使うことになるとはな」
ランダも彼女たちの関係者なので、もちろん見覚えのある薬であり、その正体を知っていた。
「……」
しかし、愉快に笑う俺と違い、彼女の表情は愁いを帯びていた。
「…かつてお前も同じように苦しんだ手段を使うことに思うことでもあるのか?」
「いえ、それは…いいえ、それも少しあるのかもしれません。ですが、相手を油断させるためとはいえ、ご自身にも毒を盛るなど…」
「俺に毒が効かないことはお前も知っているだろう? 何も問題はない」
「はい、それは存じております。ですが、あまり見たいものではないのです。お慕いしている方が毒を口にするなんて…」
頭ではわかっていても、心が納得できないといったところか。
今まで俺にそんなことを言った女などいなかった気もする。
そもそも、ろくに人から心配される覚えもないのだから尚更だ。
なので、こういう時どう対処すればいいのか、よくわからなかった。
「変な奴だな、お前は」
小動物を相手にするように頭をポンポンと軽く叩いて撫でてやると、彼女の方から抱き着いてきた。
痩せ細って骨ばった身体や生傷の絶えない身体が転がる死臭も漂う中で、柔らかく温かい唯一の存在だった。
「…ジャック様を思う女なら、普通のことですよ」
「そうか?」
「はい…」
自然と抱きしめ返すと、彼女は落ち着きを取り戻して表情も和らいでいた。
――が、そのままキスを迫ってきたのは静止した。
「…今、そういう流れだと思ったのですが、なぜ止められたのですか?」
「お前は毒の耐性が無いだろう。下手をすると、口や体液からお前にまで毒が回ってしまうぞ」
「あ…、そうですよね、舞い上がってしまったとはいえ少し迂闊でした」
「分かればいい。念のため、今日は夜伽もやめておくか」
「えぇ、そんなぁ…。やっぱり、毒なんてジャック様に使うべきではないですよぉ…」
「残念なのは俺も同じだ。まあ、また明日にでも今日の分までヤればいいさ」
「はぁい…。ジャック様が私の為に言ってくださっているのですから、これ以上私からは何も言えないです。でも、その代わり…もう少しだけこうしていてくださいませんか?」
少し腕に力を込めたランダは、温もりを求めるように再びギュッと抱きしめてきた。
胸板でたわむ彼女の温もりの良さを知ってしまっているだけに、あまり押し付けられると自制が効かなくなってしまうのだが、彼女はそこまでわかっていないのだろう。
「…仕方ないな。もう少しだけだぞ」
「はい、ありがとうございます…ジャック様…」
自分に毒を盛るのをやめろという彼女から甘い毒を盛られ続け、彼女が一頻り満足するまで身体を離すのを延々と待つ羽目になってしまった。
悪い気はしないが、普段だったらとっくに押し倒してその身体を堪能していることだろう。
しかし、今回ばかりは矛を収め、食欲に意識を向けることでいなすことにした。
ランダは毒薬の入った料理を器ごと投げ捨てると、別の器を取り出して改めてよそってくれた。




