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なんでもするって言ったよね?  作者: 天一神 桜霞
第三章 咲き乱れる悪意
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第三章 プロローグ

 夜の森は静かだった。

 静かすぎる、と言い換えてもいい。

 風が吹けば枝葉は揺れる。虫は鳴き、獣は息を潜める。

 本来、森とは音に満ちた場所だ。

 だが今、この一帯にはそれが無かった。

 月光を受けて淡く光る無数の糸が、木々の間に張り巡らされている。

 それは蜘蛛の巣などという生易しいものではない。森そのものを織り上げたかのような巨大な網だった。

 そして、その中心。

 倒木に腰掛けた女が、愉快な笑みを浮かべて扇を広げた。

「一人、また一人…」

 長い脚を組み替えながら、女は熱い息を漏らす。

 紫がかった黒髪が揺れ、紅い瞳が闇に滲む。

 彼女の周囲には、幾人もの男たちが糸に吊るされていた。

 冒険者。

 傭兵。

 街道警備の衛兵。

 どれも既に抵抗する力を失っている。

 口を塞がれ、身動きも取れず、ただ恐怖だけを瞳に浮かべていた。

「人間というのは実に愚かな者よ」

 女は困ったように微笑む。

「今頃身の程を知ったところで、もう遅い」

 指先が僅かに動く。

 ぶちり。

 吊るされた男の片腕が、不自然な方向へ捻じ曲がった。

「――っ!?」

 声にならない悲鳴。

 女はそれを聞きながら、つまらなそうに目を細める。

「弱い」

 その一言には、純粋な落胆が滲んでいた。

 人間は脆すぎる。

 ろくに罠に気づかない。

 気づいても対処できない。

 少し誘導してやれば、自分から死地へ飛び込んでいく。

 だから退屈だった。

 糸を張れば掛かる。

 毒を撒けば崩れる。

 幻を見せれば勝手に疑心暗鬼になる。

 それでは、遊びにならない。

「でも、仕方ないことか…」

 また指先を動かせば、一人の男が吊るされたままスルスルと移動する。

 まるで、女へ献上されるように。

 そして、糸に絡めとられて自分の意志とは無関係に肌を晒された。

「くっくくっ…、こっちも随分貧弱そうなものよ」

 腰掛けたまま相手を見下す女は粗末な男を嘲笑う。

 しかし、最後の抵抗を見せる男はその剣を高く掲げる。

「おやおや…? こんな状況でも興奮してしまったのか? くっくくっ…でも、おかげで少しは食べ応えがありそうか」

 一矢報いようとする男に対し、女は麗しい唇を舌なめずりをしていた。

「人間の男も女にコレを口にしてもらえると喜ぶのだろう?」

 相手が人間だったのなら、男にとってそれは喜ばしい出来事だっただろう。

 目の前の女は一見美しく整った顔立ちをしているのだから。

 だが――女は人間ではない。

 化け物だった。

「ぐあああああああああああああっっっ!!?!?!?」

 女が男の剣に唇を近づけ、艶めかしく口を開いたその時。

 その一瞬でも期待をしてしまった男は、その期待を最悪な形で裏切られた。

「にひひっ、にひひひひっっ! ああ…愉快愉快…。実に美味だ」

 男の剣をへし折り、かみ砕いた女はボリボリと音を立てながら咀嚼する。

 恐怖と絶望、苦痛に歪む男の表情を大きく見開いた赤き瞳で捉えながら。

「では、こっちの二つの卵は…どうかな?」

「ああ”っ! やめっ、や”めろおおぉおっっ!! ぅぉ…ぉ…………」

 男に備えられた卵はいわば生命力の塊。

 女にとってこれ以上のご馳走はない。

 しかし、男にとってこれ以上の痛みはなく、あっけない死を迎えた。

 女にとって、人間は獲物なのだ。

 肉付きが良いものばかりでなく骨ばったものも多いが、それでも好んで食べるほどの――恐怖に歪んだ表情が極上のスパイスを生み出す馳走なのである。

「…うむ、少しは腹ごしらえができたか。残りは部下にやるとしよう」

 全身から力が抜けて項垂れた男は下半身丸出しのまま放り投げられ、深い森の闇へと消えた。

 静かすぎる闇の中で、バリバリと咀嚼音だけが響く。

「さて、そろそろか」

 ぽつりと呟く。

 遠くから見据えるのは人間たちの街。

 行商や冒険者の出入りも多く、なかなか栄えた街だ。

 だからこそ妾が選ばれた。

 下手な部下では失敗する。

 魔王様はそうお考えになったのだろう。

「数が多いなら、減らせばいい」

 彼女の指先から細い糸が伸びる。

 その先には、ぐったりした男がいた。

 冒険者ギルドの職員。

 既に瞳から意思は消えている。

「さて、どうやって苦しめてやろうか」

 くすくすと喉を鳴らす。

 赤き瞳は暗い先を見据えていた。

「人間というのは実に愚かで欲深い。まずはその感性を煽るとするか」

 糸が震える。

 男が操り人形のように立ち上がった。

「さあ、働いてきなさい?」

 ぎこちない足取りで森を去っていく背中を見送りながら、女は空を見上げる。

 雲の隙間から覗く月。

 赤い瞳が細まった。

「魔王様。貴方様の采配が正しかったと証明してみせましょう」

 数多の糸を巡らせ、幾重にも網を張り、女は勝利を確信した。


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