3、伝説の巫女 現る。
聖なる泉の神殿前、聖なる泉の畔で、クロスは痺れを切らしていた。
まだなのか、私をいったいどれだけ待たせれば気が済む。
そもそも、王子はこんな儀式自体、どうでも良かった。
嫁を取る事さえ、どうでも良かった。
ただ、この国のたった一人の王子として、次の世代への世継ぎを残すということは、自分の使命だという自覚はある。
そして、どうせやらなくてはいけない儀式なら、王子の父である現王や、歴代の王たちが使った神殿ではなく、巫女の伝説の残るこの泉でやりたい。
どうせやるなら……。ただそれだけだった。
だからこんなくだらない儀式はさっさと終わらせたい。
クロスはただ、そう思っていた。
――おおお。――
そんなどよめきと共に、待ちわびた姫が姿を現した。
「ふん、やっと来たか。」
国の資産だけで選んだ姫にしては、美しいのかもしれない。
それでもやはり、クロスにとっては、どうでもいいことだった。
泉の淵まで来た姫は、一瞬ためらった。
儀式の進行を説明された時に、儀式は泉の中で行われると聞いた。だから、泉に入らなければいけないのは、分かっていた。
それでも、このために新調した美しいドレスで、みすみす水に浸かるのは凌ぎなかった。
そう思い、姫が見つめた視線の先には、美しい王子が佇んでいた。
あの美しい王子と、結婚するためならドレスぐらい、また新調すればいい。
姫はそう思い、泉に足を踏み入れた。
姫が、泉の真ん中に佇むと、儀式はスタートだった。
やっと始まったか。
クロスはそう思うと、この退屈な儀式など、さっさと終わらせてやる。
そう思い、感情の篭らない表情で、泉に一歩、自らも踏み入れようとした。
が、その時、今まで清々しく晴れ渡っていた青空が、一瞬にして真っ暗に染まると、稲妻のように空が光った。
その場にいた全員が、そう思った瞬間、割れた空から泉に、人が落ちてきたのだ。
それは、少女のように見えた。
美しい黒髪を靡かせ、見たことのないような衣服を纏った少女が、泉に大きな水しぶきを立て、ドボンと落ちてきたのだ。
あまりにもすごいその水しぶきに、泉の中心で佇む姫は、頭からずぶ濡れになったし、泉の淵で待っていたクロスも、例外なくだいぶ濡れていた。
が、クロスは、怯むことなく、ズカズカと泉に入ると、そのまま一直線に歩み寄り、その手を差し伸べた。
ただ、王子が手を差し伸べたのは、全身ずぶ濡れになった姫にではなく、泉に落ちてきた少女にだった。
王子は、これ以上自分が濡れることも、気にも留めず、泉に手を突っ込むと、少女の手を取り、上体を起き上がらせた。
手を引かれた少女も、意識はあるようで、王子に助けられながらだが、上体を起き上がらせると、目の前の王子を見つめた。
王子の目の前の少女は、泉に濡れた髪は、どこまでも黒く、艶やかで、透き通るような白い肌に、大人びた美人だった。
それは、まさに、王子の夢見た伝説の巫女そのもの。
王子は、少女の顎に手を添え、上を向かせると、その艶やかに赤い唇に唇を重ねた。
その時間は、短かったのか、それとも、長い間だったか。
息を飲み、その美しい光景を見守る周りの者たちには、もはや時間の長さなどわからなかった。
ただただ、その目の前で起きた美しい光景を、固唾を飲んで見守るだけだった。
そうしてその長い口付けが終わると、
「私は、この者と婚約を交わし、これを結納の儀とする。私は、この者を嫁に迎える。」
王子はそう、宣言すると、少女をお姫様抱っこで抱きかかえ、ズカズカと泉を後にした。
周りで見守っていた、傍観人たちも、我も我もと、王子の後を追うようにその場を後にした。
後には、泉の中にぽっつりと、隣国の姫が取り残された。
「どういうこと? あの王子、覚えてらっしゃい、この仕打ち、ただでは済まさない。」
血相を変えた姫は、そう言い残すと、隣国へと帰って行った。




