第9話 古木の治療
わざわざ、ブルーノさんができたラチェット式の剪定ばさみを屋敷まで持ってきてくれた。
「ほう、これはいい。少しコツがいるが、力をそんなにかけずにきれいに切れるじゃないか」
ラチェット式の剪定ばさみの使い方を教えると、ブルーノさんは手近な枝を切りながら感心し、面白がって、何度も切っている。
枝に刃をはさみ、力を入れる。次にギアを変えてみる。またギアを変える。最後には、
すぱっ。
驚くほど、あっけなく落ちた。
何度か試作品を作ってもらい、僕のつたない説明で改良してもらった。
そうして、ようやく完成した。
――ブルーノさんに頼んでよかった。
素人の要望に、技術で応えてくれた。
ブルーノさんの技術には驚かされる。
そして、なんとか、手が限界を迎える前に、間に合った。
「本当、いいものができたよ。感謝するぜ」と笑顔でブルーノさんが言った。
「いえ、無理な注文に応えてくれて、感謝するのは、僕のほうです」
「これから、ラチェットばさみを作って売らせてもらっていいよな。もちろんアイデア料は払うから」
「ええ、もちろん」
受け取ると、
「これから、忙しくなるぞ」
と言葉を残して、ブルーノさんは急いで鍛冶屋に戻っていく。
僕は一人、できたての剪定ばさみを持ってブドウ畑に向かった。
ラチェット式の剪定ばさみで不要な枝や病気にかかりかけた枝を切っていった。
作業ははかどり、手も痛くない。そのうえ、きれいな切り痕を残している。
ブドウ畑の剪定すべき枝を一通り切り終わると、遠くから見ても、見違えるほど、きれいに剪定できたことがわかる。
――がんばった。
と自分でも思う。
いよいよ、あの古木に向き合うことになる。
◇
古木は畑の真ん中に植えてあった。それはまるで、畑の主のようだった。
あらためて、幹に向き合う。ごつごつと太く、ねじれた幹。そこには、数えきれないほどの、ていねいな剪定の跡があった。
ヴィリーさんがもっとも大切にしていたブドウの木に違いない。
納屋で見つけたノミと木槌。それと、小さな塊の炭。
炭は前もって作っておいた。
それらは昔、祖父が「クールタージュ」に使っていたのと同じ道具だった。
より大きな幹については、父がノミではなく、チェーンソーを使っていた。
「クールタージュ」は幹がカビに侵されたときにおこなう処置だ。
内部を大胆に削り、カビに侵された部分をくり抜く。
ブドウの木の幹にとって大切なのは水分や栄養を運ぶ外側の皮のすぐ裏側の数ミリ〜数センチだけ。そこを残して、削り落とすことで、木はカビの進行を止め、何十年も生き続けることができる。
まずは、炭で削り取る範囲を描く。外皮の部分、水や栄養が流れる部分を残し、削り取るカビで侵された部分に印を引いた。
遠い昔、実家で祖父や父親を見て学んだ記憶を思い出し、何度も印をつけては消し、書き込んでいく。迷いながらも、削り取る部分を決めていく。
完ぺきとは思わないが、ようやく納得いくまでにはいたった。
いよいよ削っていくのだが、最初にノミをあてると固まってしまう。
「腐ったところも腐りそうなところも、思ったところは全部えぐりださないといけない。そうしないと、この木は死んでしまう」
と祖父の言葉を思い出し、ノミを当てた。
そこからは無我夢中で削った。何も考えずに、ただ炭で塗られた部分にノミをあて、木槌を打った。
ノミに木槌を打つ音が何度も、この異世界に響いた。
カビで腐った部分はノミを入れるまでもなく、ぽろぽろと落ちる。
気づけば、幹には、ぽっかりといくつもの穴が空いた。中身をくり抜かれた空洞の木。――見た目は痛々しく、みすぼらしいと言ってもいい、枯れた木にしか見えなかった。
でも、祖父や父がおこなった「クールタージュ」のあとも、まさに、そういう幹だった。
――やるだけはやった。あとは「涙のしずく」さえ滴れば……
日は、もう暮れかけていた。
夕日が、傷ついた幹を、やさしく赤く染めていた。
まるで、死にそうな木に「生」を吹き込んでいるように見える。




