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第8話 鍛冶屋とドワーフ

 これ以上、手の痛みを我慢して続けることもできず、今日の仕事はやめて、明日、リーゼさんと鍛冶屋に行くつもりだった。

 でも、


「今から、行かない?」


 と強引に誘われ、


 ――リーゼさんには迷惑ばかり。でも断る理由もないし。いや、断れない。


 と言葉に甘えた。


   ◇


 村の道を、二人で歩く。


 すれ違う人が、リーゼさんに気さくに声をかけていく。


「リーゼちゃん、その人が例の?」


「そうよ、屋敷の人」


 ――僕のことは、もう知れ渡っているらしい。


 僕が会釈を返すと、みんな、人懐っこく笑い返してくれた。


 草原が広がる道を抜けると、灰煙の匂いがしてきた。


 石造りの、無骨な建物。開け放した戸口からごうごうと燃える音がする。

 規則正しく鉄を打つ高い音が聞こえる。


「ブルーノさーん、いる?」


 リーゼさんが声をかけると、奥から、一人の男が出てきた。


 背丈は、僕の胸ほどしかない。けれど、肩も腕も、岩みたいにがっしりして、見たこともないほど太い。灰で黒ずんだ顔に、顔のほとんどを覆った髭。

 見るからにドワーフだった。

 旅に出る前に居酒屋で見たことはあるが、彼らより体格はいい。


「なんだ、リーゼじゃないか。今日はどうした」


「この人が、ブドウ畑で使う道具を探しているんだけど」


「ほう」


 ブルーノさんは、僕を上から下まで、じろりと見た。


「で、何が入り用だい」


「剪定ばさみを探しています」


「剪定ばさみ? ブドウの枝を切るやつかい?」


「はい」


「お前さん、ヴィルフリート様の屋敷に住んでいるんだって? だったら、ヴィルフリート様のはさみがあるだろ?」


「そうなんだけど、ちょっと違う形のはさみを探しています」


「ふーん。じゃあ、そこに、いくつか剪定ばさみがあるから、探してみな」


 と顎で部屋の片隅に陳列している道具をさした。


 僕は近寄り、探した。でも、単純な形状の剪定ばさみはあるが、ラチェット式のものはなかった。


「これだけですか?」


「そうだ。それら以外に剪定ばさみはない」


「そうですか……」


 ――やはり、ラチェット式はないか……


「どんなものを探しているんだ?」


「てこの力を利用した剪定ばさみです」


「てこの力を?」


「ちょっと、待ってください」


 僕は慌てて、紙をテーブルに置き、ペンでラチェット式の剪定ばさみの絵を書いた。

 それをブルーノさんに渡した。


「ラチェット式の剪定ばさみっていうんです」


 ブルーノさんは不思議そうに、僕の描いた絵を見て、


「この持ち手にある部品は何だい?」


「そこは、ギアになっていて、順にギアを変えて木を切るんです。三分の一の力で切ることができるんです」


「三分の一の力で?」


「ええ」


「面白そうだな」


「作れますか?」


「作れるかだと? このブルーノを、なめるなよ。作ってやろうじゃないか」


 ブルーノさんが、僕をじろりと見た。


「あんた、見たとこ、普通の若者に見えるが違うな。おれたちドワーフも知らない道具を知っている。――こんなもんを知ってる人間は、ひとつしか心当たりがねえ」


 どきっとした。


 ブルーノさんは、髭をなでながら、まっすぐ僕を見た。


「あんた、異世界人だな?」


 ――ばれた。


「いいえ、僕は……」


 思わずリーゼさんを見る。彼女は、動じるふうもなく、陳列されている道具を見ている。

 僕の視線に気づいたのか、こちらを向いた。


「知っていたの?」と聞くと、


「そうじゃないかって、お父さんが言っていたわ」


 ――ばれていたんだ。


「よし、作ってやる」とブルーノさんが声を弾ませて、続ける。


「その代わり、ほかにも作って、おれが売ってもいいかい? もちろんアイデア料は払う」


「え、いえ、そんな、お金なんて」


「だめだ。いいものには、ちゃんと値をつけてなければ」


 ブルーノさんは、急にまじめな顔になった。


「こいつはな、ギルドで特許ってのを取っときな。お前さんの考えだって、登録しとくんだ。そうすりゃ、ほかの者にまねされなくても済む」


 ――特許。この世界にも、そんな仕組みがあるのか。


「異世界人様仕込みのものは貴重で売れるんだ。おれにも運が回ってきたぜ」


 ブルーノさんは、髭をなでながら、にやけている。


 ――思わぬところから、稼ぎになるかも。ヴィリーさん。


   ◇


 リーゼさんを自宅に送った後、一人屋敷に向かう。


 ――道具は、できるのは当分先だろう。


 あのつたない絵しかないんだから、試行錯誤も何回もしなくてはならない。


 日は暮れ始めていた。

 遠くの山々が赤く染まっていく。


 夕日に照らされて、僕の体まで赤く染まっていた。


 じっと手を見る。


 ――ラチェットができるまでの辛抱だ。

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