第7話 剪定
翌朝は、早くに目が覚めた。
昨日は、ブドウ畑のすべての木の、一本一本の状態を紙に記録した。それから屋敷に戻り、それぞれの対処内容を検討し、優先度順に計画した。気づけば、日付が変わるころになっていた。
それで手いっぱいだったので、使用できる道具を確認するまでにはいたらなかった。
――道具を探さないと。
◇
道具のある場所は、めぼしをつけていた。母屋の裏手に、小さな納屋があった。窓の戸を開けたときに見つけていた。
まずは、そこに向かった。
建て付けの悪い扉を、ぎい、と押し開ける。中は薄暗く、埃と、乾いた草の匂いがした。
壁には、農具がきちんと掛けられていた。鍬、鋤、それに、見たこともない形の道具も。どれも、使ったあとに手入れをして、しまわれたのがわかる。
棚の上に、一冊の古い帳面が置いてあった。
手に取って、めくる。
細かい字が、びっしりと並んでいた。日付、天気、その日にやった作業。どの畝の、どの木に、何をしたか。それが、何年も、何年も。
――……こまかいところまで、記録してるんだね。参考にさせてもらうよ。ヴィリーさん。
なにはともあれ、剪定ばさみを探す。
剪定ばさみは壁につるされてあった。手に取って、刃を開いてみる。錆ひとつない。油が差してあって、きちんと研がれている。長いこと放られていたはずなのに、すぐにでも使える。
昔、実家にあった剪定ばさみだった。実家のは全く使われていなくて、錆びていた。父親が、ホームセンターで新型の剪定ばさみを買ってきてから、使わなくなったのを覚えている。
「これは……大変だな」
ほかの必要な道具も探すため、納屋中を物色した。
◇
まずは見つけた剪定ばさみを持って、納屋を出た。畑へ向かう。
最初は、比較的痛んでいない木から手をつけた。不要な枝を刃ではさんだとき、緊張して手が止まる。
――剪定なんて、何年ぶりだろ。
躊躇していたら、祖父の声を思い出す。
「切ると決めたら、躊躇するんじゃない。思いきれ。中途半端が一番いかん。木のためにもならんし、失敗するからな」
「ええい」とバッサリ切り落とす。
体が覚えていたのか、それとも道具がよかったのか、枝はきれいに切れた。
そうして、ほかのブドウの木の不要な枝を切って回った。わりと太い枝も少し力を加えると難なく切れる。調子づいて、次々と不要な枝を切っていく。地面に切った枝が積もっていった。
何本目かのブドウの木の枝を切ったとき、恐れていたことが始まった。
手が痛くなってきたのだ。
――調子に乗ってやりすぎたかな。これじゃあ、少しずつしか進められないな。
でも不要な枝を切らなければならない木はまだ多く残っていた。
「……ラチェット式の剪定ばさみが、あればなあ」
てこの仕組みで、軽い力で太い枝をも切れる剪定ばさみ。あの、力のいる古い剪定ばさみは誰も使わなくなったのだ。
◇
「ハルさん、こんにちは」
振り返ると、柵の向こう側に、リーゼさんが立っていた。
「あ、こんにちは、リーゼさん」
「剪定してるのね? ヴィルフリート様も、よくやってたわ。一日中、一人で黙々と」
「そうなんだ」
――手が痛くなかったの? もしかして、力持ちだったの? ヴィリーさん!
剪定していた手が、痛くて振ってしまった。
「手、どうしたの?」
どきっとした。リーゼさんに見られてしまった。
「いや、調子に乗って、切りすぎたんで、痛くて」
「それは大変ね」
「無理しないでね、少しずつやったほうがいいわよ」
と言われても、それじゃあ、間に合わない。
「近くに道具屋はありますか?」
「道具屋ねえ……ドワーフさんがやってる鍛冶屋ならあるわよ」
――鍛冶屋のほうがいいかもしれない。この世界になかったら、作ってもらおう。
「その鍛冶屋って、どこにあるか教えてもらえます?」
「うーん」リーゼさんは、ちょっと考えてから、にっと笑った。「いっしょに行ってあげる。わかりにくい場所だもの」
「いえ、大丈夫です。場所さえ教えてもらえれば、一人で行きます。リーゼさんに迷惑ばかりかけられないので……」
「大丈夫。迷惑じゃないから」
――甘えてばかりではいけない。
と思いつつ、リーゼさんの屈託のない笑顔には勝てない。




