第84話 試飲
離れは落ち着いた雰囲気の部屋だった。
数点の調度品と絵画が飾られていて、大きな暖炉を囲って、ソファーが並べられている。
親しい人や、国の要人とくつろぐ場となっていた。
すでに、国王様、ヴィルフリート様、聖女様がいらっしゃった。
部屋の片隅には、執事さんとシャーリィーさんが静かに立っている。
「遅くなりました。申し訳ありません」
僕が謝っていると、勇者様は、まるで自分の場所が決まっているかのように進んでソファーに座る。
「そんなことより、ワインができたのか?」
ヴィリーさんが、待てないようで、聞いてきた。
「ええ、できたといっても新酒ですが……」
「新酒? まあいい。さっそく、飲ましてくれ。陛下もお待ちかねだ」
僕は、執事さんとシャーリィーさんに目配せをすると、
執事さんは、それぞれの目の前にきれいなグラスを並べた。
最後に、立っている僕にグラスを手渡される。
シャーリィーさんが奥からワインの瓶を大事そうに持ってくる。瓶を持つ手には白い布が添えてあり、直接、持たないようにしている。
皆の視線がワインに注がれる。
僕の前で軽く礼をし、グラスにワインを注ぎ、僕の後ろに下がる。
僕はワインの香りをかいだ。柑橘の香りが鼻をかすめる。
一口飲んだ。すっきりとした酸味がするワインだった。
そう、地下室で飲んだときと変わらない香りと味だった。
僕は、シャーリィーさんを見てうなずく。
シャーリィーさんが、国王様のグラスに注ぎ、次にヴィルフリート様のグラスに注いだ。
シャーリィーさんのワインの注ぎ方の所作は、洗練されていて、晩餐会の前に教えられたものとは思えなかった。
――シャーリィーさんは、ほんと、よくやってくれてる。
実は、晩餐会前にヴィリーさんに、食事のあと、持ってきたワインを飲んでほしいとお願いした。
ところが、ヴィリーさんが、国王様にも飲んでもらいたいという返事で、慌ただしくなった。
まず、執事さんを呼んでもらい、僕の元いた世界のマナーがこの世界とあっているか確認してもらった。ほとんど問題なかった。
まあ、最初に飲むのがもてなす側というのは同じだが、元いた世界では、味を確認するだけだが、この世界では毒味の意味が大きい。
今度はそれをシャーリィーさんに教えて、おぼえてもらわなければならなかった。
付け焼き刃のように覚えてもらったが、今、注いでいるシャーリィーさんをみていると、以前にしていたかのような錯覚を覚えるほど、慣れた様子だった。
全員のグラスにワインを注ぎ終わり、まず国王様が口にする。
一口飲んで、目の色が変わる。
「すごい! まるで果実のような飲み物なのに、酒のコクがしっかりとする」
どれどれ、とみんなが続いて飲んだ。
「これはうめえや」
と勇者様。
「ほんとう。これがワインですか? 嫌な酸っぱさなんて全くありませんわ」
と聖女様。
ヴィリーさんは飲んだあと、ワインを見つめていた。
「どうしました? ヴィルフリート様」
「いや、確かにうまいよ。だが、私が昔、飲んだワインとは、何かが違うような……」
「ヴィルフリート様がお飲みになりましたワインには、甘さやコクだけではなく、もっと複雑なうまみがあったのかもしれません」
「そうかもしれない」
ヴィリーさんの顔が明るくなった。
「でも、あの味に近づいたのは確かだ」
「今、私がお出ししたワインはいわゆる新酒というワインです。ブドウの品種には、発酵後に酸味や苦みがいい具合になり、フルーティーさが強く出るものがあります。その品種は、熟成しなくても、十分、美味しいワインになります。今回は、それをお持ちしました」
「なるほど、じゃあ、熟成しているワインもあるのだな」
「はい、あります」
「ハル殿よ」
国王様が僕に語りかけてくださった。
「はい。なんでしょうか? 陛下」
「このワイン、あと何本ある?」
「首都に持ってきましたのは一本。村には五十本ほどあるはずです」
「そうか、何本か譲ってはくれぬか?」
「ゆずるどころか、献上いたします」
――国王様に、じゃあ、いくらでって、さすがに言えません。
「ヴィルフリートよ。南の国の使者に飲んでもらおうと思うが、どうだろうか?」
「陛下。それは、よろしゅうございます。ハル殿」
「はい」
「二十本ほど、首都に送ってもらいたいのだが、どうだろうか?」
「ちょっと待ってください。シャーリィーさん」
「なんでしょうか?」
「僕が渡した手紙、もう送りました?」
「いえ、遅かったので明日の朝一番で送ります」
「よかった。ヴィルフリート様。ミゼットで運んでもらいましょう」
「ミゼット?」
「ああ、魔法石で走る車の愛称です」
「まあ、かわいい名前ね」
と聖女様。
「もっと、かっこいい名前なかったのか?」
と勇者様。




