第80話 首都へ
リーゼさんが玄関に出てくれて、家に上げてもらう。
食卓に通されると、カールさんが座っていた。
「お体のほうは、大丈夫ですか?」
僕がたずねると、
「ああ、すっかり、よくなったよ」
「それはよかったです」
「今日は何の用かね? そうか、決心がついたのかね?」
「違います」
リーゼさんが、不思議そうに、
「何のこと?」
と、きいてくるが、聞こえなかったふりをして、
「じつは……」
カールさんにヴィリーさんからの手紙を見せて、首都へ行かなければならないことを伝えた。
リーゼさんは、カールさんが見ている手紙を覗き込み、
「どれぐらい、向こうにいるの?」
「さあ、それが何も書かれていなくて……」
カールさんが、
「そうだな。でも、叔父が頼むんだから、ハルさんにしかできないことだろう。悪いが叔父の力になってくれ」
「ええ、もちろんです」
「私もついていってもいいかしら?」
突然、リーゼさんが言い出した。
「首都へは行ったことがないので、行ってみたいわ。ミゼットで行けば、あっという間に着くよね?」
「それが、ミゼットは、今、絶賛改造中なので」
「絶賛?」
「いえ、改造してて、今は使えないのです」
「それは残念」
自分でもよくわからないが、なぜか、ほっとした。
「ブドウ畑とワインのこともあるので、できるだけ早く帰ってきます」
アイラさんが台所から現れて、
「夕食、いっしょにどうです?」
と、誘われるも、
「ごめんなさい。明日の用意がありますので」
と、断った。
おいとましようとすると、リーゼさんがそこまで送ってくると言って、二人で外に出た。
日は沈み、外はすっかり暗かった。
月明かりが照らす夜道を、二人並んで歩いた。
風に吹かれる草原の音が聞こえる。
右手に持っているガラス瓶だけが不釣り合いに感じる。
たわいもない話をした。覚えているのは、
「首都の女の人には気をつけてね」
微笑むリーゼさんに、
「重々気をつけます」
僕は答えた。
◇
夜明け前に、馬車が屋敷の前に着いた。
御者は、鉱山のドワーフのロルフさんだった。
「鉱山のほうはいいのですか?」
「ええ、お頭が行ってこいっていうもんだから、それに、前にハルさんと約束しただろう。鉱山に来るときは迎えに行くって。でも、なかなかこないもんだからよ」
そういえば、そんなことを言ってくれていた気がする。
荷台には五十本の空のガラス瓶が乗っていた。
ガラス瓶を下ろし、用意した食料と着替えの入った袋を乗せた。
昨夜のうちに詰めておいた一本だけは、手で大事に持っていくつもりだ。
マルコさんとエミルさんには、地下室の残りのワインを瓶詰めしておいてほしいと頼んだ。
栓をして、寝かせておくようにともお願いした。
僕は馬車に乗りこんで、フェリルを呼んだ。駆けてきて、荷台へ跳び乗った。
「賢いな。それに、きれいな毛並だ」
ロルフさんが、フェリルを見て、つぶやく。
ヴィリーさんが、なぜ、フェリルも連れて行かないといけないのか、わからないが、手紙に書いてあったのでそうする。
マルコさんとエミルさんに見送られる。出発直前には、リーゼさんも間に合った。
「これ、途中で食べて」
と、リーゼさんに包みを渡される。
「ありがとう」
礼を言って、包みの中をのぞくと、ハムとチーズをはさんだパンが入っていた。
「私が作ったの」
「食べるのが楽しみだな」
「じゃあ、気をつけて行ってきてね」
リーゼさんが、うれしそうに言った。
「畑のことは、心配しないでください」
エミルさんは、そう言って送り出す。
「首都の女性には引っかからないでくださいね」
マルコさんが余計なことをいって、手を振った。
馬車は出発した。
朝もやがかかったブドウ畑が横に見える。新しく植えた苗が、頼りなく感じた。
それより、馬車は遅すぎる。見送りに来た人が、馬車が見えなくなるまで手を振ってくれているのに、なかなか見えなくならない。
申し訳なくてしかたがない。
ようやく、見送る人が見えなくなり、首都への道を進んでいくうちに思い出した。
今年の春、首都から乗合馬車で数日かけて、この村にたどり着いた。
今、その道を首都へと走っている。




