第79話 旅支度
マルコさんがようやく僕に気づいて、口説くのをやめて、戻ってくる。
「お待たせしました。帰りましょうか」
いつもの笑顔に、何も言えない。
「師匠を散々待たせておいて、それだけですか?」
エミルさんが怒ってくれる。でも、それより、二人に伝えなければならないことがあった。
「悪いのですが、二人、先に帰ってもらえます?」
「どうしたんです、忘れ物ですか?」
「どうやら、首都に行かなければならなくなって」
二人に手紙を見せる。
エミルさんが差出人の名前を見て、
「ヴィルフリート様からですか……」
マルコさんが本文に目を通して、
「畑とワインを二人に任せてって……ヴィルフリート様が言っているのなら仕方ないか」
「今から、僕はブルーノさんところに行くので」
「わかりました。お気をつけて」
二人に、そう言われて、僕は一人ブルーノさんの鍛冶場へ向かった。
◇
鍛冶場の扉を開けて、
「こんにちは。ブルーノさん、いらっしゃいます?」
声をかけるも、思わず立ち尽くした。
ミゼットが部品ごとに解体されていた。
「おう、ハルさん、どうしたんだい?」
「これ、ミゼットですよね?」
「そうだよ」
「どうしたんですか?」
「フロリアンのやつと話してさ。ミゼットにいろいろ手を加えることになったんだ。それで一回解体しようということになって。このとおりさ」
「このとおりじゃないですよ! 急いで首都に行かなくてはならないんですよ」
「と、言われても、おれとフロリアンで新しい部品を作ってる最中だからな」
「いつ頃、できるのですか?」
「さあな、おれも試行錯誤だから、いつ頃になるか」
――ミゼットで首都へは行けない。
◇
僕は慌てて街へ引き返し、職人ギルドをもう一度訪ねる。
ちょうど、窓口にバーナードさんがいて、事情を話す。
「わかりました。一台、用意しましょう。明日の朝にでも、お屋敷に馬車を回しますね」
「ありがとうございます」
ギルドを出ようとすると、鉱山のドルグさんとロルフさんに出くわす。
「やあ、ハルさん。そんなに急いでどうしたんだ?」
「これから、首都に行かなければならないんです」
「それは大変だな」
そこで、急に思い出す。ワインの貯蔵庫の借り賃。
「ちょっと、いいです?」
僕は、ドルグさんを連れて、バーナードさんのところに戻ってくる。
「ハルさん、どうしました? まだ何か?」
「あの、僕が預けているお金って、どれぐらい、あります?」
「たんまり、ありますよ。とくに石鹸の売れ行きがいいので」
「そうですか。申し訳ないですが、そこから、ドルグさんのいう金額を払ってもらえますか?」
「いいですけど……」
そこへ、ドルグさんが、バーナードさんに声をかける。
「よう、久しぶり!」
「珍しいですね。ドルグさんが街に来るなんて」
「ちょっと、野暮用でね。それより、ハルさん、例の金、そんなに急いで払わなくてもいいんだぜ」
「いえ、こういうことは、ちゃんとしていた方が……」
「例の金って、なんです?」
バーナードさんが、割って入る。
「いや、なんでもねえ」
「金銭が絡むなら、契約書を交わしていたほうが……」
「それが、明記できないことがありまして」
「そうですか……」
納得いかない顔のギルド長だったが、僕が預けているお金から、ドルグさんに払うことを約束してくれた。
◇
家に帰ろうと街を歩いていると、酒屋の前を通る。
――ガラス瓶だ。
三たび、職人ギルドに向かう。
「今度はなんですか?」
少し、あきれ顔のバーナードさん。
「お酒をいれるガラス瓶を探しています」
「それなら、裏の倉庫に山のようにありますよ。どれぐらい必要ですか?」
「五十本ほど……」
「わかりました。屋敷に送っておきます」
これからのことも考えて、多めに頼んだ。
なんでも、職人ギルドでは、使ったガラス瓶をギルドが預かり、洗浄しては、必要な分だけ、貸し出すようにしているのだそうだ。
そうして、職人や商人が、使える瓶を無駄にしたり、必要以上に買いこまないようにしているらしい。
「そうだ。一本だけ、今、持って帰ります」
◇
街を出る頃には、日が暮れかかっていた。
肉屋の女主人に呼び止められて、すっかり忘れていたカツを受け取る。
それを食べながら、家に向かう。
そういえば、街に来てから、いままで何も食べていなかった。
――腹が減るはずだ。
気づけば、マルコさんとエミルさんの分もたいらげてしまった。
腹が落ち着くと、
――知らせておくべきだな。
僕は、リーゼさんの家に向かった。




