第77話 接ぎ木
地下室にあったワインの樽も、新酒以外、すべて鉱山に運んだ。
九十七本の苗を植え、囲いも広げた。
苗植えは、僕が手本を見せてから、マルコさんとエミルさんにやってもらうことにした。
まず、移動で乾燥した根に水を吸わせる。折れた根や枯れた根を取り除き、太い根の先端を切る。そうすれば、新しい根が生えやすくなる。
植えると、寒さ対策で根元に藁を敷く。
実家で祖父や父がしていたことの見よう見まねだった。
二人は、感心しながら、熱心に聞いていた。
さっそく、やってもらうと、悔しいことに、二人とも手先が器用で、僕より手際がいい。
ラチェット式の剪定ばさみを使ってもらったが、最初はぎこちなかったのに、すぐにうまく扱えるようになっている。
「どうです? 師匠」
「ああ、いいと思うよ」
僕は体面を保つのが、やっとだった。
苗をすべて、植えてみたものの、心配なことが、まだ残っていた。
根から養分を吸う害虫、フィロキセラの対策だった。
この畑にあった白ワインのブドウの木が、何年も生き残ったのは、耐性を持っていたからだ。
でも、今度の赤ワイン用の木は、テオさんが集めて、僕が植えたもの。
だから、耐性をもっていないものもあるかもしれない。
そこで、どうするか。僕の出した答えは、それぞれの品種ごとに何本かを接ぎ木することだった。
耐性のある木を台木として接ぎ木する。そうすれば、耐性が弱かった木が被害を受けても、それらだけは残る。そうして、残った木から、また増やせばいい。
ただ、接ぎ木するのは、今の時期ではない。寒いために、つながりにくく、乾燥して枯れてしまうからだ。
そのため、冬に準備をして、暖かくなった春に接ぎ木を行わなければならない。
広くなったブドウ畑を眺めた。
整然と並んだブドウの木々。来年には、それぞれに葉が茂り、多くの実がなっているはずだ。
そこから、新しいワインが生まれる。芳醇な香りとコクある味わい。それらを口に含み、喉に流して感じる。
――がんばらないと。
足元のフェリルが尻尾を振って、はげましているように見える。
ある日、フロリアンさんがやってきた。
近くまで寄ったので、テオさんから買ったブドウの木がどうなったか気になって見に来たらしい。
「ここらあたりですか、テオから買った木を植えたのは?」
「ええ」
「ていねいに植えてありますね。これは何です?」
フロリアンさんが、まず興味を持ったのは、水やりのために根元に置いた土器だった。
「これは、水やり用のポットです。ここに水を入れ、にじみ出ることによって、与える水を調整しているのです。多くの水が必要な時期にはポットを増やします」
「これじゃあ、与える水分が少なすぎるんじゃないですか?」
「いえ、ぎりぎりの水を与えることによって、木は、子孫を残すため、栄養分を実に多く与えるようになり、甘くて、おいしい実がなるのです。与えすぎると味の薄い実ができてしまいます」
「なるほど」
「ん? この木は何ですか? 上と下では木が違いますね」
フロリアンさんは、接ぎ木した木に目を止める。
マルコさんやエミルさんに、接ぎ木を教えるために、時期が違うが、一本、やって見せた。
祖父や父がしていたことを、僕が思い出すためでもあった。
決して、器用な二人に師匠の技術を見せびらかすためではない。そんな、大人げないことを僕がするはずがない。
「それは、害虫対策です。害虫に弱い木に、強い木を台木にして、防いでいるのです」
「なるほど、これが台木ですか……おいしい実をつけるのに、弱い木を強い木が守るのですね」
「そうです」
「まあ、おいしい実をつけて、強ければ台木は必要ありませんよね」
「?」
「いえ、なんでもありません。いや、ほんとうに勉強になります」
「僕は祖父や父のやっていたことをまねてるだけで……」
急にフロリアンさんが畑の向こうへ目をやった。
視線のほうを見るとフェリルが眠っている。
「あれは、もしや……」
「ああ、フェリルですか、すっかり、居ついてしまって、今ではいっしょの部屋で寝ています。かわいいでしょ?」
フロリアンさんがフェリルに向かって駆けよった。
僕も後を追う。
近くまでくると、フェリルが気づき、僕たちに駆けてくる。
フロリアンさんの横を通り過ぎ、僕に抱きついた。
僕は屈み、フェリルを撫でまわすと、喜んでいる。
「白銀のフェリル……」
フロリアンさんのつぶやきが聞こえた。
「ハルさん、もしかして、このフェリルは……いや、間違いない」
「白銀のフェリル?」
「ええ、フェリルの中でも、銀色に輝くフェリルは、白銀のフェリルと呼ばれ、国によっては神としてあがめられています」
僕は、フェリルの顔を両手でおさえて、見つめた。
「まさか、お前が?」
フェリルは、幼い子供のような顔でうれしそうに僕を見ていた。




