第76話 新酒
三人の生活が始まった。
それも男だらけだ。
むさ苦しくなると思っていたが、そうでもなかった。
夜に樽を鉱山に運ぶので、帰ってきてから、睡眠をとる。
そのため、起きるのは昼前になり、それから昼食をし、ブドウ畑の作業だ。
食事は、最初、僕が作ったが、マルコさんに、師匠に作らせるわけにはいかない、私が作りますと言われ、無口なエミルさんまでも私が作りますと言い出す。僕だけ食べてばかりだと悪いから、僕も作らせてもらうと引かずにいた。
結局、当番制になったのはいいのだが、マルコさんとエミルさん、元々、料理に自信があり、負けず嫌いな性格なのか、料理を競うようになる。もちろん、僕も参加した。二人の師匠としてのメンツもあった。
卑怯と言われようが負ける訳にはいかない。だから、二人にはばれないように隠れて、アイラさんにレシピを聞きにいくこともあった。
そんな生活を送る中、三人がもっとも嫌がった仕事がある。洗濯だ。男三人の汗と泥まみれの服を洗わなければならない。
これだけが、唯一、当番の日を暗くする。
ある日、アイラさんには裏切られることになる。
男三人で暮らしていることを聞いて、どんなむさ苦しい生活をしているのかと、リーゼさんを連れて夕食の時間に見に来た。
だらしない部屋や食事を期待していたが、思いのほか、きれいに保たれている。その日はマルコさんの夕食の当番で、アイラさんが料理を見るなり、参戦をご希望になった。リーゼさんが大人げないと止めようにも、アイラさんは聞かない。アイラさんが当番のひとりに加わり、料理対決は三人の三つ巴の戦いになった。僕はといえば、不戦敗を宣言して、当番から外れた。そのあと、アイラさんと若い二人は料理談義を遅くまで続けた。
三人にはついていけないと、僕とリーゼさんはベランダに出て、椅子に座った。
「カールさんは?」
「かなり、調子がいいみたい」
このところ、リーゼさんは、父親のカールさんの看病で、会えていなかった。
久しぶりにあって、ワインのことや、たわいもない話をした。
家の前の草原の上を風が撫でるように何層にも駆けていく。それを、二人で眺めていた。
◇
ワインの樽を鉱山に運ぶ前には、それぞれの樽を一度、試飲した。
すでに、発酵の終了日、それからの経過日数で、運ぶ樽の順を決めていた。
それでも、やっぱり飲んでみて、それぞれの状況を知りたい。
樽の上方に開けた穴から、ストロー状のものを差し込み、上の口を指で押さえ、引きあげる。ストローの中に残ったワインをグラスに注いだ。
香りを嗅ぎ、口に含んで、舌の上で転がす。
どれもこれも、まだ、渋みが残っていて、とがった酸味もする。
熟成を通して、まろやかになり、コクが生まれる。香りも変わる。
そんなことを思わせるワインの味だった。
鉱山に運んだあと、今度は、それぞれの熟成の様子を見て、出荷の時期を見極めなければならない。
ところが、熟成前だというのに、渋みもなく、嫌な酸味もない。むしろ、果実のフレッシュさが前面に出ているワインの樽があった。
――新酒か?
ワインの中には、熟成をほとんどせずに、できた年に出荷するワインがある。
赤ワインで有名なのが、『ボジョレー・ヌーヴォー』だ。バブルの頃にはとんでもなく流行ったらしい。
白ワインでは、日本にも甲州の新酒がある。
見つけた新酒のワインは、この温度の低い地下室に貯蔵することにした。早めに瓶詰めする必要がある。
また、この新酒のワインを、どうするか、悩んだ。もともと、量が少ないので身内だけで楽しむとしても、その範囲が難しい。
さて、どうしたものかと思いあぐねるが、最初にヴィリーさんに飲んでもらう。それだけは変わりない。
何度もワインを運ぶうちに、ドルグさんが、不思議に思っていたことを口にした。
「どうして、ハルさんの荷馬車には馬がいないんだ」
「それは、魔法石で走るトロッコといっしょです」
「あ、そういうことか。なるほど」
それきり、ミゼットについてきかれることはなかった。
たぶん、ドルグさんは、ブルーノさんと違って、機械には詳しくないのだろう。詳しくないことを隠しているつもりでいるのだと思う。




