第74話 テオの荷
フロリアンさんから使いがきて、昼食のあと、店に向かった。
玄関を入ってみると、
「いらっしゃい」
いつもの明るい声のあと、僕を見るなり、不機嫌な顔になる。
「あの……呼ばれてきたのですが?」
「ハルさん!」
「はい!」
「ブルーノさんから、聞きましたよ」
「え! なにをです?」
僕には、何も思い当たらなかった。
そのとき、奥の部屋からテオさんが現れる。
「あ! ハルさん。もう来てくれたんだ」
「はい」
「赤ブドウの苗、集めてきたよ」
「ありがとうございます」
「テオ! 今、僕がハルさんと話しているんだから、後にしてくれ」
「あ、ごめん」
「で、ハルさん、薄情じゃないですか」
「だから、なんのことでしょう?」
「魔法石のモーターですよ」
「あ!」
僕は思い出した。そういえば、ミゼットの改良点のことで、魔法石の電気を制御できればとブルーノさんに話したとき、フロリアンさんにきいてみると言っていたような。
「魔法石からエネルギーをコントロールできないかとブルーノさんにたずねられたんですよ」
――そうだった。すっかり忘れていた。
「なぜ、そんなことを聞くのか、よくよく聞いてみると、魔法石で走る馬車に使うっていうじゃないですか?」
――ブルーノさん、しゃべっちゃったんだ。
「いや、それは……秘密だったので……」
「そんな楽しそうなものを私抜きで作ろうなんて、冷たいじゃないですか」
「え?」
「私も、混ぜてくださいよ。なんでも、ハルさんの許可がいるらしいですね」
――ブルーノさん、僕に押し付ける気だな。
そこへ、テオさんが割ってはいる。
「フロリアンは、こう見えても、魔法学園では首席で卒業してね。とくに、魔法の研究では、第一人者なんだ。というか、目がないっていうより、むしろ取りつかれているっていうのが正しいな」
「テオ! それ以上言うな」
「おっと、怖」
「ハルさん、私も手伝っていいですよね?」
「ええ、ブルーノさんが話してしまったなら、しかたありません。フロリアンさんなら大歓迎です。ぜひ、手伝ってください」
――そう、しゃべったブルーノさんが悪い。バーナードさんには、そう説明しよう。
「ありがと」
フロリアンさんは、機嫌がよくなり、いっきに元のやさしい顔に戻った。
「話は終わったかい? じゃあ、ハルさん、集めてきた苗を見てくれよ」
「はい」
テオさんに連れられて、店の裏へ回った。
荷馬車が、二台。連なって並んでいる。
荷台には、ブドウの木が隙間なく詰まっている。まるで、藪だった。
僕は、駆け寄って、葉やつるをどけては、実を探した。見当たらなかった。でも、葉の色が僕が育てているブドウの木とは違った。赤や紫の色に染まりつつあった。中には、実家のブドウ畑と同じ色もある。
「テオさん! これです、僕が欲しかったのは」
「そうか、それはよかった」
――赤ワインが作れる。
そう思ったが、すぐに気づく。
――こんなにたくさんのブドウの木、どこに植えよう。植える土地がない。
「テオさん、ところで、何本あるんですか?」
「九十七本だな。百本は、集めたかったんだが、戦が終わったと聞いて、あわてて持ってきたんだ。これから、どうなるか、わからないだろ? 今のうちにってね」
そう、戦は終わっても、勝った南の国が、どうでるか、わからない。次第によっては、また戦が始まる可能性だってある。
「で、全部でいくらになります?」
「あ! 集めるのに夢中で、金額まで考えていなかった。あとで、計算して、請求するよ」
「テオらしいな」
いつのまにか、後ろに立っていたフロリアンさんがあきれていた。
「で、ハルさん、これだけの苗木、どうするんですか? ひとりでは植えるのは大変ですよ。手伝ってもらう人を探さないと」
「そうですね……」
熟成する場所が見つかったと思えば、また新しい問題が出てきてしまった。植える場所と植える人をどうするか。でも、そんな問題よりも、赤ワインが作れる、という思いのほうが勝った。
荷馬車に乗っているブドウの木の葉が、日に当たって、より鮮明に色めく。
「ところで、ハルさんよ。さっき、フロリアンと話していた、魔法石で走る馬車って何だい?」
「え、それは……」
「そんなものがあれば、俺も欲しいな」
ミゼットの秘密を知る人がどんどん増えていく。




