第73話 段取り
次の日、朝早く起きた僕は、地下室に下りた。
樽一つ一つに耳をあてて、発酵の状態を確認する。ほとんどは発酵が終わっており、発酵中のものも、もうすぐ終わるだろう。
発酵済みのものに、印をつけていった。
発酵が終わってもすぐに動かすことはできない。
落ち着かせるために、一週間ほど、そのままにしておく必要がある。
その間に鉱山に運ぶ段取りを済ませておきたい。
四人での朝食後、カールさんたちを自宅に送るために、村の人たちが集まってくれた。
カールさんを、体に負担がかからないように支えながら自宅に運ぶと、次に荷物を運んだ。
昼前にはすべての荷物を運び終わり、村の人たちにお礼をいって解散した。
僕も家に帰ろうとすると、カールさんたちに繰り返し感謝された。
カールさんたちがいなくなった家はさみしかった。
しんみりしていると、フェリルが足元にやってくる。
「そうか、お前がいるものな」
久しぶりのフェリルと二人きりの昼食を終え、僕はブルーノさんの鍛冶場に向かった。
「今日は何の用だ」
と、ブルーノさんに聞かれる。
近々、ミゼットを借りたいことを伝える。
「何に使うんだい?」
たずねられるも、ワインを鉱山に運ぶのは秘密にしたい。ドルグさんに迷惑をかけたくないからだ。
言えないんだと答えると、ブルーノさんは、それ以上聞かなかった。
モーターを使ったトロッコを作ってほしいと頼むと、
「誰が使うんだ?」
鉱山のドワーフが使うことに気づいているかもしれないが、僕がワインを運ぶのに使いますと答えておいた。
職人ギルド長のバーナードさんに相談しておくと言ってくれた。
頼み事も終わり、帰ろうとしたとき、急にきかないといけないことを思い出した。
「そういえば、僕に隠し事があるって言ってましたよね」
「魔法のことだろ?」
「魔法、使えるのですか?」
「ああ、使えるさ」
「なぜ、僕に黙っていたんですか?」
「言うタイミングがなかっただけだ」
そう言われれば、返す言葉もない。
「でも、ハルさんがいたところで使ったはずだぜ」
「いつです?」
「ミゼットに最初に乗った滝の近くさ」
「え!」
「ミゼットが水に突っ込む前、大きく放り出されただろ?」
「ええ」
そこまでは覚えている。
「あれだけ、放り出されたんだ。落ちると地面に叩きつけられて、大けがをしてたはずだ」
そういえば、あのとき、けが一つしていない。体の節々が痛かったのは、暴れるミゼットに乗っていたときに打ち付けたものだった。
「そうだったんだ」
「それを聞いて、オレに何かいうことがあるだろ?」
「あのときは、ありがとうございました」
「いいってことよ」
――ああ、なぜか解せぬ。
鍛冶場を後にして、家路に向かう。
途中、荷馬車とすれ違い、ハッと思い出した。
――しまった。ワインを鉱山に運ぶのに、バーナードさんに荷馬車を借りたいといって、そのままだ。
僕はあわてて、街へと向かった。
職人ギルドに着くと、バーナードさんに面会を求めた。
いつものように奥の部屋に通される。
部屋に入ると、デスクに座って、真剣な顔で書類をながめているバーナードさんがいた。
僕に気づいて、書類から目をはなした。
「やあ、ハルさん、今日はどうしました?」
「先日、荷馬車を借りたいといっておきながら、借りずにいたのを謝りに」
「なんだ。そんなことですか。私も話を聞いていたので、気にしなくてもいいですよ」
「すいません」
「まあ、どうぞ。お座りください」
部屋の真ん中で向かい合っているソファーを勧められる。
僕が座ると、向かいにバーナードさんが座った。
「いそがしいのでは?」
「まあ……」
と言うと、バーナードさんは、ソファーの背にもたれた。
「この街の冒険者ギルドに所属していて、今回の戦で戦死した者たちのリストが回ってきまして、見ていました」
「そうですか……」
「冒険者ギルド長のザインも、遺族に伝えるのはつらいだろう」
「そうですね……」
肉屋の女主人の顔が浮かんだ。家出した息子が冒険者になっていたはずだ。
「肉屋のおかみさんの息子さんは?」
「彼は、この街のギルドに所属していませんから、載っていませんでした」
バーナードさんが身を乗り出して、
「実は、今回の戦、妙なんです」
「妙というと?」
「大敗したと聞いていたので、戦死者も多いだろうと覚悟はしていたんですが、あまりにも少ないんです」
「どうしてだと思います?」
「それが、私にもわからなくて。国王が亡くなったあと、城からの情報がまったく入らないんです」
――キースさんなら、何か知っていたかもしれない。もっと聞いておけばよかった。




