第71話 帰宅
夜明け前、村に帰る途中、ミゼットを返しにブルーノさんの鍛冶場に立ちよった。
ブルーノさんは会うなり、
「お! もう帰ってきたのか? 早かったな」
「連座の件が取り消しになったので……」
「そうだってな。で、どうだった? ミゼットは」
「ええ、順調でしたよ」
「そうか」
ブルーノさんは、さっそくミゼットに近寄り、底をのぞいたり、運転席のスイッチやレバーを動かしてみる。
「こわしてねえか?」
「たぶん、大丈夫だと思います」
「で、実際、港街まで、どれぐらいかかった?」
「夜だけ走ったので、二晩はかかりましたけど、朝から走れば、その日のうちに着くんじゃないかと」
「そいつはすげえ。こんなことをいうのはなんだが……」
ブルーノさんは、首をさすりながら、
「いい試運転になったな」
「そうですね」
――やっぱり、この人は職人だな。
僕は、思わず、ふきだす。つられて、ブルーノさんも笑顔になった。
まさか、こんなに早く、ブルーノさんと笑いあえるなんて、出発するときは夢にも思わなかった。
ブルーノさんに、僕を含めて三人を荷馬車に乗せてもらい、家まで送ってもらった。
家の前で、荷馬車が止まる。あたりは、すっかり明るくなっていた。
――しまった。鍵を預けたままだった。
どうやって、家に入ろうかと悩んでいると、玄関の前に、銀色のものが座っていた。
――なんで、いるんだ。
僕に向かって走ってくる。荷馬車の手前で飛び跳ね、ブルーノさんの頭を越えて、僕めがけて、頭上からのしかかってくる。
その勢いに、僕は倒れ、またがれると、顔中をなめられた。
「わかった。もういい。やめてくれ!」
僕は力ずくでフェリルを押して、起き上がった。
それでも、なめてくる。フェリルの顔をつかむと、落ち着いたのか、僕の横に座った。
尻尾を、今まで以上に振っている。
「そうか、どこへも行かず、家を守ってくれてたんだ」
そういって、フェリルの頭を撫でてやった。
うれしそうにするフェリルに泣きそうになる。
「あんたたち、家の前で何をしているんだい!」
振り向くと、玄関のドアが開いて、近所のおばさんが出てきた。
僕の顔を見て、おばさんの表情が崩れる。
「ハルさんかい?」
「ええ。帰ってきました」
「アイラさんたちは?」
「ここにいます」
荷台から顔を出すアイラさんとリーゼさん。
心配かけました、というアイラさんの一言で、おばさんが号泣しだした。
慌てて荷台から降りた二人は、おばさんにかけよった。
アイラさんとおばさんが抱き合って泣いているのを見ると、また胸が熱くなる。
ふと、ブルーノさんを見ると、滝のような涙を流している。
「泣いているのですか?」
「泣いてなんかいないわい。おれは、これから仕事なんだ。帰るから早く降りてくれ!」
「すいません」
降りかけたとき、思い出した。
「あの……荷台の荷物を運ぶのを手伝ってくれませんか?」
「おう、そうだった。忘れるところだ」
荷台から荷物を下ろし、泣いているアイラさんとおばさんの横を通り、家の中に運んだ。
次の荷物を運ぼうと、外に出ると、いつのまにか村の人たちがアイラさんを取り囲んでいた。
行く前に、鍵を渡したおじさんが近寄ってきて、
「よくやった。ありがとうな」
「いえ、僕は……」
「荷物を運ぶんだろ? 手伝うよ」
村の男たちの手を借りて、荷物を家の中に運び入れた。
ブルーノさんに礼を言って別れたところで、家にいたおばさんが、
「こんなことをしてる場合じゃないよ。早く旦那さんに会ってきな」
アイラさんとリーゼさんが何度も頭を下げ、お礼を言って、村の人たちと別れたあと、ようやく家に入った。
アイラさんとリーゼさんは、カールさんのいる寝室に向かったが、僕は、久しぶりに会う家族に水を差さないように、あとで顔を出すことにして、一人、地下室に向かった。
地下室は、家を出たときと何も変わっていなかった。
整然とならんだ道具も、樽も。ひんやりとした空気も、匂いも。
ただ、発酵している音が少し減ったような気がする。
樽に耳を当ててみた。ぷくっと、かすかな音が聞こえた。
――帰ってきたんだ……
あきらめていたものが戻ってきたような実感がわいた。
地下室を出て、カールさんの寝室に向かった。
ノックをして、部屋に入ると、カールさんのベッドで、三人が川の字のように眠っている。
僕は、そっと部屋を出た。
その日は、そのまま、三人を起こさず、休んでもらった。
自分の部屋に戻る途中に、玄関の片隅のベッドで横になっているフェリルがいた。
僕は近づくと、フェリルが気づいて、尻尾を振って、僕の足元に絡んだ。僕はフェリルのベッドを持ち上げ、自分の部屋に運んだ。
ベッドを部屋の片隅においた。
「今日から、いっしょに寝ような」
フェリルは、僕の言うことを理解したのか、ベッドに横になり、目を閉じた。
外は明るかったが、僕も、ためらうことなく自分のベッドで横になった。肩の荷が下りた気が、僕を深い眠りへ誘った。




