第69話 港街
それからのリーゼさんは、あからさまに機嫌が悪かった。
僕自身、冷たいことをしてしまったのはわかる。
――でも、相手の母親が見ている前では、ちょっと……
アイラさんはアイラさんで、僕と目が合うたびに、申し訳なさそうに頭を下げる。
これからのことを考えると、思わずため息をついた。
◇
夕食は日が沈む前にすませた。
パンに野菜とハムをはさんだ簡単なものだった。
なぜか、食器は使わない料理だった。
リーゼさんは、相変わらず、口もきいてくれない。
僕は食事を終えると、ミゼットの運転席で仮眠をとった。
ぷつ、ぷつ、ぷつ……
ワインが発酵する音が聞こえる。目が覚めると音は消えた。
――あのワインは、どうなるのだろう。
◇
あたりが暗くなり、ミゼットを走らせた。
ゆるやかな丘を上ると、港街の明かりが見えた。
大きな街だった。たぶん、首都ぐらいの広さはある。そのまわりを高い壁が囲んでいた。
港には、灯りをともした船が十隻以上、停泊していた。
あたりを見渡すと、港街の近くに林が見えた。道を外れ、ミゼットをそこに向かって走らせた。
林の中に入るとミゼットを止めた。
荷台のもたれ合っている二人に、
「港街はすぐそばですが、ここで待っててください」
「わかりました」
と、アイラさん。
すると、リーゼさんが手元にあった水筒を、僕に笑顔で渡してくれる。
「どうぞ。疲れたでしょ?」
「あ、ありがとうございます」
なぜか、機嫌が直っている。
アイラさんを見ると、僕に笑顔を向けているが、どこか疲れた様子で、すぐに大きくため息を一つ、ついた。
◇
僕は一人、港街の門に向かった。
大きな門は閉まっていて、門番が二人、立っていた。
キースさんの知り合いで、会いに来たことを告げると、しばらくして、カーマイン商会の使いがやってきて、門を通される。
まばゆく光る街灯が通りの両側に並んでいる。夜なのに人通りは多く、にぎやかだった。
大通りの先に、街で一番大きいかもしれない建物に連れてこられた。
裏口に案内され、入ると、キースさんが待っていてくれた。
寝ていたところを起こしたのだろう。寝間着にカーディガンのいでたちだった。
「これは、ハルさん。こんな時間にどうされました?」
「いえ、僕といっしょに、この港から外国に連れ出してほしい人がいるんです。だから、キースさんを頼ってやってきました」
「そうですか。それで、その、方々というのは?」
「二人です。ヴィルフリート様の連座で処罰されるんです」
「ああ、あれですか。あれは取り下げられましたよ」
「え!」
思わぬキースさんの言葉に頭が混乱する。
「なるほど、知らなかったんですね。まあ、国でいろいろありましてね。あれ、ヴィルフリート様の縁者と言えば、カールさんとアイラさんに、リーゼさんの三人のはずでは?」
「カールさんが倒れられて、村にいます」
「それは、お気の毒に。で、二人はどこにいるんです?」
「近くの林に隠れています」
「わかりました。二人を迎えに行かせましょう」
「あの……」
「?」
ミゼットをどうしたらいいか悩む。あそこに置いていけないし、といって、ここに運べば、キースさんに知られてしまう。
――仕方がない。
「運んできてもらいたいものがあるんです」
「荷馬車できたんですよね? 馬をつぶしたのですか?」
「それが……」
◇
キースさんの使用人が手綱をとる荷馬車に乗って、アイラさんとリーゼさんを迎えに行く。
キースさんも僕の横に座って、いっしょに来てくれた。
着くなり、お触書が取り消されたことを伝えた。
「夫は?」
キースさんが、微笑みながら、うなずいた。
「お母さん……」
「よかった。ほんとうによかった」
二人は抱き合い、泣いて喜んだ。
僕の頭には、ブドウ畑と地下室が浮かんだ。
幌をかぶったミゼットを、乗ってきた荷馬車の後ろにつなげる。
キースさんは、何度も幌の隙間をのぞき込んでいた。
少し落ち着いたアイラさんとリーゼさんには荷馬車に乗ってもらい、僕たちは、明かりが煌々と輝いている港街へと向かった。




