第68話 逃走
暗闇のなか、ミゼットにつけたランタンの明かりに照らされた道をずっと走らせていた。
夜の道は、人とすれ違うことはなく、ほかの馬車も見なかった。
それでも、人目を避けるため、宿場町に近づくと大きく回り道をした。
舗装されていない砂利道を走るのだから、揺れることはあっても、ハンドルを取られるほどではない。
荷台のリーゼさんとアイラさんは、はじめのうちは、何度も声をあげていたが、そのうち静かになった。
分かれ道にくると、ミゼットを止め、地図で確認した。後ろの二人を見ると、もたれあって眠っていた。
初めて見るリーゼさんの寝顔に思わず、
――かわいい。
僕があのブドウ畑とワインをあきらめたのは、間違っていなかった。少しだけ、そう思えた。
勇者パーティーによって討伐された魔物が出た森を抜けるころには、右の空が白くなりはじめた。
港街までは、あと半分のあたりにいる。
人に見つからないようにと、道を外れ、木立の奥の少し開けた場所まで乗り入れた。幌をかぶせてミゼットを隠した。
荷台の二人と同じように、僕も少し、運転席で横になった。
◇
目を覚ました時、日はすでに高く昇っていた。
気がつけば、アイラさんとリーゼさんが食事の用意をしている。
「おはよう」
リーゼさんに挨拶され、
「おはようございます」
答えるも、まだ、頭がすっきりしない。
「起きたのね。昨日の夜はお疲れさまでした。もう少し休んでいていいのよ。食事ができたら、呼びますから」
と、アイラさんが言ってくれた。
「いえ、僕も手伝いますから」
ミゼットから、降りようとして、足がふらつく。
「大丈夫?」
リーゼさんが心配するも、
「大丈夫です」
と、背筋を伸ばした。
「それにしても、速かったわ。一晩で森を抜けるなんて。普通の馬車なら、二、三日はかかるのに」
リーゼさんに感心される。
二人が荷台で眠っていたのは知っていたが、一応、聞いてみた。
「乗り心地はどうでした? 相当、揺れていたと思いますが……」
「最初はね。こわかったけど、なれたわ」
リーゼさんが笑顔で答えてくれた。
「本当、そうね」
アイラさんも、鍋をかきまぜながら、付け加えた。
鍋から、食欲をそそる香辛料と焼いた肉の香りが鼻を刺激する。その香りに負けじとパンとバターの香ばしい匂いが混ざる。
一気に空腹感が襲い、腹がなってしまった。
二人に笑われてしまい、体温が少し上がるのを感じる。
◇
魔法石のコンロにかけた鍋を囲み、二人と早めの昼食をとった。
あいかわらず、アイラさんの料理はうまい。おもわず、
「いつ食べても、アイラさんの料理はおいしいですね」
「ありがとう」
微笑むアイラさんに、リーゼさんが、
「私もお母さんに教えてもらってるから、つくれるわよ」
と、ムキになる。
――アイラさんの料理をほめるときは、気をつけよう。
僕は心に留めておいた。
そのあとは、リーゼさんが一人しゃべっていた。
友達のことを一人一人語ってくれる。
「グレタは、口数が少ないけど、ほんとうにやさしいのよ」
「私、見たの。グレタが……」
「ロッテは、ああ見えて、気遣い屋さんなの」
「この前、ロッテが……」
僕とアイラさんは、それを聞いて笑ったり、驚いたりした。
――リーゼさん、ムリして明るく振る舞っているんだな。
心の中でつぶやいた。
僕たちは楽しく食事しながらしゃべっているが、会話の隙間に、しばしば重い空気が流れた。
リーゼさんがひとしきり話を終え、食事も一息つくころ、僕は、これからのことを話した。
日が沈むまではここで過ごし、まわりが暗くなれば出発する。
「この分だと、夜中には港街に着くと思いますが、港街の手前でミゼットを止めて、僕が一人でキースさんところに行きます」
「ミゼット?」
リーゼさんが不思議な顔をする。
「ああ、ミゼットは、ここまで乗ってきた車です」
「かわいい名前! 馬車よりもあんなに速く走るのに」
ミゼットの命名者の僕は恥ずかしくて黙っていた。そのあと、キースさんに頼んで、二人を迎えに来る、と説明した。
「だから、夜中に二人だけで待ってもらうことになります。心細いかもしれませんが、必ず迎えにきますから」
「大丈夫。ハルさんのことは信じていますから」
アイラさんが笑顔でいうと、リーゼさんも負けじと、
「私も信じているから」
「ありがとうございます」
僕は使った食器を集めて、リーゼさんと水場を探した。
アイラさんが浄化魔法で洗うというが、慣れないミゼットに乗って疲れているだろうと、
「僕がしますから」
「私も手伝う」
そんな僕とリーゼさんに
「そう」
と、アイラさんは折れてくれた。なぜか、笑みを浮かべ、すんなりと。
少しはなれたところにせせらぎを見つけ、リーゼさんと食器を洗った。
最後の皿を拭き終えると、すべての食器を抱えて、僕は立ち上がった。
となりに座っていたリーゼさんがうつむいたまま、立ち上がろうとしない。
「リーゼさん?」
しばらく黙っていたリーゼさんが弱々しい声で、
「これから、わたしたち、どうなるのかしら?」
僕はできるだけ明るく、
「大丈夫です。僕もいますから」
リーゼさんが、すくっと立ち上がって、僕に抱きついてきた。
僕は黙ったまま、リーゼさんを抱きしめた。
今にも、折れそうな、か弱い体だった。
「ごめんなさい。せっかく育ててきたブドウ畑を……私たちのために」
「いいんですよ。言ったじゃないですか? 一から作るって」
リーゼさんが顔を上げた。その潤んだ瞳が閉じる。僕が顔を傾け寄せようとしたとき、視界の端の人影と目が合ってしまった。
確かに木陰にアイラさんがいた。すぐに木に隠れたみたいだが。
僕は、そおっとリーゼさんの小さな体を離した。
「きっと、いいようになります。さあ、行きましょう。アイラさんが待っています」




