第65話 貼り紙
外に出ると、まだ太陽の光がまぶしかった。
坑口まで見送ってくれたドルグさんと別れると、行きと同じ荷馬車のそばに、行きと同じドワーフさんが待っていてくれた。
「家まで、送ってやるよ」
「いいんですか?」
帰りは一人で歩いて帰るのを覚悟していた。行きに鉱山に着いたとき、距離を知って、今日中には帰れないなとあきらめていた。
「ああ」
と、短い返事が返ってくる。
「助かります。でも、それじゃあ、あなたの帰りが遅くなってしまうので、街までお願いします」
「わかった」
あいかわらず、そっけない。
道中、口数の少ないドワーフさんがめずらしく話しかけてきた。
「あのよ。あの洞窟のワインより、おいしいワインが作れるのか?」
「正直、わかりません」
「え!」
「でも、あれよりおいしいワインを飲んだことはあります」
「本当かい! どこでだい?」
初めて、僕の話に食いついてきた。
「むかしに住んでいたところです」
「そうか……」
残念そうにする。
「そのワインの作り方は教わっていて、今、それをもとに作っています。だから、きっと、おいしいワインが飲めると信じてやってます」
「そうか、じゃあ、楽しみにしているよ」
そういって、初めて笑顔を僕に見せた。
◇
日が沈みかけたころ、街に着くと、僕は荷馬車を降りた。
「ありがとうございます」
と、僕がお礼を言うと、
「俺の名はロルフ。また、鉱山に来るときは連絡をくれ。迎えに来るから」
「そんなあ、もう道はわかりましたから」
「いいんだよ。必ず連絡くれよ。じゃあな」
荷馬車は、来た道を帰っていった。
街の門を抜けると、人垣ができている。
広場の掲示板のような場所で、衛兵らしい男が、板に紙を貼りつけていた。
集まった街の人のひとりが、
「戦が終わったって、聞いたんだが、ほんとうか?」
すると、張り終えた衛兵が振り返って、
「ああ、ほんとうだ。ここに書いてある」
街の人たちの歓声があがる。
すぐさま、
「うちの旦那は、どうなったんだ。生きているのか?」
「息子は?」
と、口々に衛兵に詰め寄る。
「さあ、そこまではわからない。それに……どうやら、うちの国は負けちまったらしい」
敗戦を知って、一瞬静まり返った。何人かの女性たちが泣き崩れた。
「ほかに何が書いてあるんだ? その貼り紙に?」
「それだけだよ。読んでみたらわかる」
と、言うと、衛兵は、その場を去っていった。
残った街の人たちは、ただ立ちつくしていた。なかには地面に座り込み、すすり泣くものもいる。
戦争が早く終わればいいと願っていたが、まさか、負けるとは思っていなかった。
――これから、どうなるんだろう……ヴィリーさんは大丈夫かな?
しばらくして、掲示板の前の人たちは肩を落として散っていく。その中の何人かは同じ方向へと向かう。そこには教会があった。
◇
村に着くとすっかり日は暮れていて、それぞれの家には明かりがついていた。
道すがら、ずっと、これからの村や街、お世話になった人たちのことを考えていた。
――僕にできることは?
「ハルさん? こんな時間に、どこへ行ってたの?」
家へと向かう通りを歩いていると、ランプを提げたリーゼさんと出会った。
リーゼさんと会うと、すこし心が高鳴る。
「……ちょっと遠くまで」
「ふーん」
リーゼさんの機嫌が悪くなりそうなので、
「ワインを寝かせるところが見つかったんです」
「ほんとう?」
リーゼさんは目を輝かせた。
「どこなの?」
と、訊かれるが、
「そこの人たちに迷惑を掛けたくないので、秘密にしたいんだけど……」
再び、リーゼさんの顔が曇る。
「リーゼさんなら、いいか。誰にも言わないって約束してくれます?」
「もちろん」
リーゼさんの顔が晴れる。
「鉱山です」
「え! 鉱山なの?」
「うん。ほら、ワインを好んで飲むのは炭鉱のドワーフさんたちだけだと、聞いたことがありますよね?」
「あるわ」
「その秘密が今日、わかったんだ。鉱山の地下にはワインを寝かすのにうってつけの場所があって、そこに眠らせていたワインを炭鉱のドワーフさんたちが飲んでいたからなんだ」
「そうだったの……」
「その場所を貸してくれることになって。でも、ドワーフさんの邪魔にならないためにも秘密にしておきたいんだ」
「わかったわ。二人の秘密ね」
と、うれしそうな笑顔を僕に見せる。
この笑顔を、敗戦のことで曇らせたくない。
――何があっても、この笑顔を守りたい。
と、僕は、リーゼさんの笑顔に誓った。




