第64話 石灰の洞
ドルグさんといっしょに迷路のような坑道を進んだ。
鉱山に入ってから、気になったことがある。
ドワーフさんたちが掘っているのは、黒い石炭ではない。他の鉱石だった。たぶん、鉄鉱石だろう。
「ドワーフさんたちは、『炭鉱のドワーフ』って呼ばれているみたいですけど、石炭は採掘しないのですか?」
「ああ、昔は石炭を掘っていたさ。それで、今でも、そう呼ばれている」
「じゃあ、今は?」
「鉄の鉱石が主流かな。昔、世界中を巻き込んだ大きな戦争があってな。それが終わると急に鉄が大量に必要になって。それ以来、掘るものも変わっちまったよ」
「そうだったんですか……」
「特に東の国がいっぱい欲しがってよ」
――東の国か……
『東の国』と言えば、昔、同郷の異世界人がいたと聞いている。それで、元いた日本のものが手に入ったのだと思っている。
――一度行ってみたいな。
先に進むドルグさんは、枝道をいくつか折れて、下りに入った。
しばらく行くと、上の階とは違う、ひんやりとした空気に変わる。
さらに進むと、入り口が鉄格子のようなドアで仕切られた穴の前で、ドルグさんが止まった。
「ここだ」
ドルグさんがカギでドアを開け、中に入ると、大きな空間が広がる。
天井は高く、いたるところの壁からは白い塊が見える。そこから、水が滴り落ちている。
静寂の中、水滴の落ちる音だけが耳に入り、わずかに土の匂いがする。
体には、湿った空気がまとわりついた。
昔、祖父に連れられて入ったトンネルを思い出す。あの場所はワインを熟成する場所だった。そのトンネルの中の湿った、あの空気に似ている。そのうえ、トンネルでも、壁の隙間から、白い塊「石灰」がしみだしていた。
――ここだ!
僕は、ドルグさんに思わず叫んだ。
「ここです! 僕が探していたのは」
「そうか」
ドルグさんは、部屋の中へと進む。そこには、いくつかの樽が並んでいて、グラスも置いてあった。
樽を開けると、グラスを持ち、ひしゃくでワインをすくって注いだ。
「どうだ。飲んでみるか?」
「いいんですか?」
「ああ」
僕は急いで駆け寄り、ワインの入ったグラスを受け取った。
色は、澄んでいるようで、少し濁っているように思える。
匂いを嗅いでみる。
わずかだが、たしかに果実の香りが残っている。
一口、口にすると、酸味は少しするものの、少し辛口で、ほんのりとコクが感じられる。
「おいしいです」
僕の目指しているワインには及ばないものの、外で売っているワインよりは、うまい。
「お頭! そいつに、ほんとうにこの場所を貸すんですか?」
声のするほうを向くと、大勢のドワーフさんたちが入ってきていた。
「頭の俺が決めたことに反対するのか!」
と、ドルグさんは険しい顔で言い放つ。
その先頭のドワーフさんは、たじろぎながらも、続ける。
「俺たち、やっぱり嫌なんです。国からは、安い対価で、鉱石を掘るのを強いられて、みな、ぼろぼろで働かされている。そのうえ、知らないやつに、俺たちの大切な場所を荒らされるなんて、許せないんです。お頭、考え直してください」
「荒らすなんて……」
と、僕が言いかけると、ドルグさんが割って入る。
「お前たち、散々、話しただろ? 戦がいつ終わるかわからねえ。このままじゃあ、おれたちはジリ貧だと。だから、他の手立てを考えなければならない。俺がワラにもすがる思いで、このハルさんに相談したら、あのクズ石を買ってくれるって言うじゃねえか。こんな、いい話はないじゃないか?」
「でもよ……」
「そんなハルさんが、ワインを置くところに困っているんだ。力を貸さないでどうする? それとも炭鉱のドワーフは、そんな薄情なのか?」
押しかけてきたドワーフさんたちが黙り込んだ。
僕はドワーフさんたちに話しかけた。
「みなさんの仕事の邪魔になるようなことはありませんし、決して、みなさんの大切な場所を荒らすようなことはしません。もし、貸していただけるのなら、その代金も支払うつもりでいます。みなさんが、この場所を大切に思っているのと同じように、僕もワインを大切に思っています。すこしでも、おいしいワインができるように、いい場所においておきたいんです。だから、この場所を僕に貸してください。お願いします」
僕は、深々と頭を下げた。
この場所でワインを熟成させたい。その気持ちは変わらない。でも、ドワーフさんたちが嫌がるのなら、あきらめるしかない。だから、お願いするしか、僕にはできなかった。
ドワーフさんたちの話し合う声が聞こえる。
「どうする?」
「俺は、あの人間を信じてもいいと思う」
「俺もだ。俺たちみたいなものに、頭を下げるなんて見たこともない」
しばらくして、
「わかったよ、お頭。頭まで下げているのに、恩を仇で返すようなことは、俺たちにはできねえ。この場所を使ってもいい。いや、ぜひ使ってくれ」
その言葉を聞いて、のしかかっていた重みが取れたような気がした。
僕が顔を上げると、ドワーフさんたちの笑顔が見える。
「で、俺たちにも、ハルさんが作ったワインを飲ませてくれるのか?」
と、一人のドワーフさんが訊いてくる。
「ええ、もちろん、優先するつもりでいます」
ドワーフさんたちが喜んでいるのを、目にして、僕は胸をなでおろす。
――寝かせる場所は見つかった。あとは、発酵が終わるのを待つだけだ。




