第63話 鉱山
地下室で耳をすませば、樽の中の発酵が奏でる音が次第に多くなってきた。
毎日、発酵を始めた樽の日付を記録するたびに考えてしまう。
――発酵はここでいいが、熟成はもっと湿度のある場所じゃないと。
そんな、ある日の朝早く、炭鉱のドワーフさんが、荷馬車で迎えにやってきた。
ドルグさんと約束していた、炭鉱を見に行く日だった。
ドルグさんが僕を訪ねた日に、いっしょに炭鉱へ向かいたかったが、
「悪いが、少し待っててくれないか? 必ず迎えをよこすから」
と言って、今日になった。
僕は、荷馬車に乗り込み、
「すいません。わざわざ、迎えに来てくれて」
と礼を言ったが、返事はなかった。
「炭鉱に着くのは、馬車で半日かかるって聞いていたのですが……」
「そうだ」
と、ドワーフさんは、ぶっきらぼうに答えた。
――これは歓迎されていないな。そういえば、ドルグさんの息子さんも嫌そうだった。
やはり、見知らぬ人に自分たちの大切な場所を踏み込まれるのは、気に入らないだろうと思うが、
――これも、ワインのためだ。
と、割り切って、僕は、口の重いドワーフさんの横に座った。
「サンドイッチを作ってきたのですが、食べます?」
「食べてきた」
「そうですか……じゃあ、僕は、まだ食べていないので、食べさせてもらいますね。あなたの分もありますから、よかったら、言ってください」
僕は、朝早く起きて、朝と昼の食事を多めに作ってきた。そのうち、サンドイッチと水筒を袋から取り出し、口にする。
――この分だと、作ったのが無駄になりそうだな。
◇
静かな荷馬車にゆられ、昼過ぎごろには山のふもとに着いた。
ドワーフさんは、昼食はいらないと言い張り、結局、僕の分以外は袋に残ったままだった。
大きな通りを中心に小屋が立ち並んでいる。ドワーフの子供たちははしゃぎまわっているが、女性たちは井戸のまわりに集まって、だれも一言もしゃべらず洗い物をしている。
その先には、岩を削って、木で枠を組んだ穴が、いくつも口を開けている。そこから線路が伸びて、トロッコが何台も止まっている。なかには、鉱石が積まれているものもあった。
荷馬車を降り、ドワーフさんのあとについて、坑口をくぐると、奥から冷たい風が吹いてきた。
天井は低い。ドワーフの背に合わせてあるので、僕は少し身をかがめて歩かなければならない。
壁ぎわに魔法石の灯りが等間隔にさがっていた。道が枝分かれしているが、先を行くドワーフさんは迷わず進んでいく。
岩を削る音が、そこらじゅうから聞こえてくる。
鉱石を積んだトロッコを重たそうに手押しするドワーフさんとすれ違う。
「こんにちは」
と、あいさつをするも、こちらを一目見ただけで、黙ってトロッコを押し続ける。
疲れて、辛そうにトロッコを押すドワーフさんを見て、
――電動で走るトロッコをブルーノさんに相談してみよう。今はダメでも、いつか使える日もくるだろう。
岩盤を掘っているドワーフさんたちも見かけた。
黙々と道具のツルハシを打ちつけている。まるで重い体を無理やり動かしているように見えた。
「みなさん、疲れてますね」
つい、口にしてしまった。
「ああ、無茶な量の注文さ」
と、ドワーフさんは前を向いたまま答えた。
もっとも奥の採掘場所についたとき、数人のドワーフさんが岩盤を掘っていた。少し離れてドルグさんが目を配っている。
「お頭、連れてきたぜ」
「おう! やあ、ハルさん」
「すいません。押しかけてきたみたいで」
「いや、いいんだよ。早速、見てくれよ」
僕を案内しようと、その採掘場所を離れようとしたときだった。
「お頭、ダメだ。固くて掘れねえ」
と、岩盤を掘っていたドワーフさんのひとりが叫んだ。
「そうか。わかった」
と、ドルグさんが答え、
「悪いがちょっと待っててくれ」
僕に言うと、その岩盤に近づき、手を当てた。手から青い光が出て岩盤を覆い、消えた。
――アイラさんのときと同じ青い光だ。あの光が魔法なんだろう。
「これでいいだろ」
壁から手を離すと、ドルグさんの息が上がっていた。苦しそうだった。
「お前ら、後は頼んだぞ。俺はもう、今日はつかえねえからな」
「へい!」
と、ドワーフさんたちの威勢のいい返事を聞くと、ドルグさんは、僕に近づき、
「さあ、行こうか」
僕の前を肩で息をしながら歩き始める。
振り返ると、ドルグさんが手をかざした場所をドワーフさんたちが掘るなり、壁がたやすく崩れていく。
「ドルグさんって魔法を使えるんですね」
「ああ。魔法を見たのははじめてかい?」
「いえ、以前に浄化魔法を見たことがあります」
「あれ? ブルーノも魔法が使えるんだが……」
「え! そうなんですか?」
はじめて知った。ブルーノさんが魔法を使えるなんて。
「ああ、奴は、ものを浮かべて、動かすことができる」
あんなに仲良くしてもらっていたのに、知らなかったなんて、ちょっとショックだった。
ニヤリと自慢げに笑うブルーノさんの顔が目に浮かぶ。
――ミゼットで死にそうになったお礼に、なんで黙っていたかを問い詰めてやろう。
「こっちだ」
と、ドルグさんが道を曲がった。




