第58話 選果
激しい雨の音で目が覚めた。
いつもより遅い目覚めだった。それでも、まだ寝足りない。昨日は、昼間は麦刈りで、夜はブドウ摘み。さすがに眠たいが、それでも、地下室にある摘んだブドウが気になって起きた。
窓の外を眺めると、どしゃぶりの雨で、視界が悪いほどだった。
畑のほうを見た。ブドウの木は雨に打たれていたが、葉とつるだけで、房は一つも見えない。
――間に合った。
昨夜、収穫しなかったらと思うと、こわくなる。
熟しきらないまま摘んだ房もあって、まだ少し悔やんでいる。それでも、こうして雨を見ていると、仕方ないと思えた。
◇
雨の日は、フェリルはベランダの軒下にいる。
木の台と毛布で作った簡易のベッドで、いつも横になっている。
しかし、この大雨。ベランダの軒で雨は少しはしのげるかもしれないが、かわいそうに思い、屋敷にいれてあげた。
玄関に入ると、床に敷いたマットで足をふくようにいい、僕がして見せると、フェリルは僕にならって、足をふいて見せた。
――人のいうことをよく聞く魔獣だな。
と感心する。
玄関の隅に新しいベッドを作って、そこを寝床にした。
どこかの部屋をフェリル用にしたいが、さすがにヴィリーさんに悪いと思い、あきらめる。
フェリルを残して、僕は一人、地下室に下りた。
ブドウを摘んだたらいが並んでいる。昨夜つけた印で、どの品種の木からとれたブドウなのかわかる。
手を入れると、実は冷たかった。地下室の冷気で、温度が保たれている。
――今のうちに、やってしまわないと。
時間がたてば、勝手に発酵が始まる。
◇
すでに準備はしていた。架台に板を渡して、台をこしらえていた。
脇に籠を二つ置く。ワインにするものと、外すものに分ける。
一つ目のたらいから、房を台へ移す。
まず、房ごと裏返して芯側を見る。軸の付け根に、変わったものが見当たらないか。
粒の表面が白く粉をふいているのは、これはいい。そのままにしておく。
だが、灰色にけばだって、触れると煙のように舞うもの――これはカビだ。混じれば樽ごとだめになる。そう醸造所で習った。
幸いなことにカビが生えた房は一つもなかった。
ワインになれないブドウも少しあった。
残した房は、指で一粒ずつ確かめていく。割れた粒。しなびた粒。青いまま取り残された粒。虫に食われた粒。
実家では、選果を行っていなかった。ブドウを摘むと、それをトラックで醸造所に運び、そこでは、慣れたバイトのおばさんたちが行っていた。
祖父は、出荷前には、あまりにも見た目の悪いものは、外していた。
すこしでも、良いものを送りたかったのだが、父は、
「そんなことをしたって、もらう金はいっしょなのに」
と、よく言っていた。
僕の選果の知識は、祖父と醸造所へ見学に行ったとき、そこで教わったことと、ヴィリーさんの日記だけだ。
実際に選果を行うのは初めてだった。
これは残すのか、捨てたほうがいいのか。判断に迷うものが出てくるたびに、不安を抱えながらも、決めるしかない。
そうしているうちに、僕の中で、選果の基準が次第に生まれ、手が速くなった。
◇
一つのたらいが終わると、どうしても口に入れて、味を確かめてみたくなる。
収穫前に味見したのに、である。
あのときは、収穫の時期を確かめるためだけに口にしたが、今は、味の細かいところまで確認した。
それぞれ、甘いのに、飲みこんだあと口に何も残らないものや、酸がくっきりしているもの。粒が大きく、汁が多いぶん、甘みも酸も薄い気がするものもある。それぞれの特徴が、あらためてわかった。
古木の実は、あいかわらず、甘みは他のブドウを寄せつけず、酸味も強いが、それでいて、さわやかな味がする。
熟しきらぬうちに摘み取った実も、少し味が薄いかもしれないが、それほど悪くなかった。
長時間の作業で腰が固まってきたので、いちど立って伸びをした。
空いたたらいと、これから選別するたらいが見えた。
――今年は、間引きしたので、そんなに多くはないが、来年はどうしよう?
毎年、村の人たちに頼るわけにはいかない。
「人でも雇うか」
と思いつつ、来年の課題とした。
地下室から出ると、強い雨音が聞こえた。
フェリルが、ベッドから起き、急いで近づいてきて、尻尾を振っている。
「わかっているよ。食事だろ」
と、フェリルと並んで、台所へと向かった。




