第57話 ナイト・ハーベスト
麦畑から戻ると、さっそくブドウ畑に向かった。
今夜収穫するのはわかっていても、最後にブドウの実の熟し具合を確認したかった。
すべてのブドウの実は、見かけでは十分に熟しているように見える。
それでも品種ごとに一粒ごと、口にした。小さいころ、祖父に教えてもらいながら、味わった収穫直前の味を思い出し、くらべてみた。
ほとんどが、あのときのように強い甘みがした。甘さのあとから、強い酸味が追ってくる。
――大丈夫だろ。
とくに、古木のブドウは、甘さも酸味も他のものを超えていた。
といっても、まだ熟しきっていないものも確かにある。甘みがすこし足りてなかったり、酸味の新鮮さがもう少しのものも。
――あと、少し時間があれば……
と悔やんだ。空を見上げると、いつもの満天の星が見えない。むしろ、ぼんやりと雲がかすんで見えている。
それでも、雨に打たれて、糖度が薄まり、台無しにするよりはましだろうと自分に言い聞かせる。
僕は、準備していた魔法石のランプを畑のいたるところにおき、ブドウ畑を照らした。
以前に樽といっしょに洗って、殺菌をした大きなたらいを、倉庫から持ち出した。品種ごとに、それぞれ、たらいをおいていった。
ラチェットばさみを手にとり、ブドウの房を摘んで、たらいに入れていく。
まずは、もっとも大事な古木から始める。
最初の一房にはさみを入れる。
今まで、この房のために、犠牲になった他の房とは、思いが違う。犠牲にする房を切るときは、申しわけない気持ちがあった。しかし、今、はさみを入れるのは、それらを犠牲にして、残した房だった。
パチン!
房を切り落としたとき、ブドウの甘くて、みずみずしい香りが強くなった気がした。
僕はブドウの房をそっとたらいに入れた。
切り取りながら、ヴィリーさんの顔が浮かんだ。
そうして、おいしそうに育ったブドウの房を順々に摘んでいった。
鳥がそばを通ったかと思うと、そのあとをフェリルが、追いかけて、かけ抜けていった。
――ブドウの実を狙った鳥でも追いかけているのだろう。
フェリルは魔法石のランプに照らされている畑の中を、鳥を追って、走り回っていた。
畑を見回すと、そのブドウの木の多さに、
――今晩中に終わるだろうか……
と、不安になる。
気を取り直し、再び、房を切り取り始めた。
「ハルさん!」
リーゼさんの声がした。
――断ったのに、来てしまったのか。でも、やっぱり帰ってもらおう。
と、振り向いたとき、朝と同じぶかぶかの作業着を着たリーゼさんが立っていた。
その後ろには、多くの村の人たちもいる。麦刈りをいっしょに行った人たちだった。
「私、一人じゃないから、いいでしょ?」
と、リーゼさんがいたずらっぽい顔をして言った。
「ハルさん、言ってくれれば、手伝ったのに」
「そうだ。水くさいよ」
「でも、皆さん、昼間は麦を刈って、疲れてるでしょう」
「なんの。これしき。困ったときはお互い様よ」
そう言うと、皆が楽しそうに手伝ってくれた。昼間の麦刈りで疲れているはずなのに。
夜の暗い中、まるで麦刈りのときのように、冗談や笑いが聞こえる。
隣で手伝ってくれていた人が僕に訊いた。
「それより、夜に収穫するなんてめずらしいね。ヴィルフリート様のときは、麦刈りの合間に、いつも昼間に手伝っていたんだけどね」
「それは、まだ昼間は暑かったので、暑いときに収穫すると……」
「勝手に発酵して、腐っちまうからだろ? リーゼさんから聞いたよ」
と、僕の説明を遮られた。
そばにいたリーゼさんを見ると、誇らしそうに微笑んでいる。
「でも、今年は不作だったのかい? いつもより収穫が少ないね」
「今年は間引きしたので……」
「どうして、そんなことをしたんだ?」
「どの木が、どんな実を作るのか、条件を同じにして調べるためです」
「へえ、そんなことまでするんだ」
気づくと、リーゼさんが熱心に聞いている。
夜なのに、にぎやかで、楽しい収穫だった。
魔法石のランプの光で、みんなの笑顔がよく見える。
そんな中、リーゼさんと目が合うと、二人、思わず笑顔になる。
摘み終えて、ブドウの房がたまったたらいには、どの品種でとれたかをわかるように印をつけ、屋敷の地下室に運んでもらう。
「へえ、屋敷に、こんなところがあったんだ」
「涼しいね」
「いや、寒いくらいだよ」
すべてのブドウを摘み、すべてのたらいを地下室に運び終えた。
収穫は、日が変わらないうちに終わり、解散になった。
僕は、いつのまにか、横にいたフェリルといっしょに、一人一人にお礼を言って見送った。最後にリーゼさんに、
「ありがとう」
「ううん。いいのよ。じゃあ、また」
「また」
と、短く声を交わして、見送った。
全員を見送り、残ったのは、僕とフェリルと、ブドウを摘み終えた畑だけだった。
フェリルが僕にすり寄る。
「そうか、散歩がまだだったんだな」
フェリルといつもの草原に向かおうとしたら、一粒の雨が、顔に落ちた。




