第54話 夏の終わり
市場に出かけると、以前ほどの活気なく、街の通りを行き交う人も減ったように思える。
店の前にはいつも通り、商品は並んでいるが、他国からくるようなものは、日に日に見なくなる。
どんよりと重い空気が街を覆っていた。
それでも、人々の生活は続いている。
いつものように客を呼び込む店の人の声も聞こえる。
中には、夫や息子が戦場に行った店の人もいると聞いている。
その声は、まるで心配を吹き飛ばすようにも聞こえる。
「いらっしゃい! ハルさん。今日は何にする?」
と、僕にいつもの元気な声でかけるのは肉屋の女主人だった。
「じゃあ、いつもので」
「あいよ」
と、この世界で牛肉にもっとも味の近い肉を包んでくれる。
そんな女主人を見ていると、胸が苦しくなる。
女主人には息子がいて、何年か前に家を飛び出して冒険者になったと冒険者ギルドの奥さんからきいたことがある。
その息子は、どうやら今回の戦争にかりだされたそうだ。
「うちのギルドに入っていたのなら、何とかしてあげたのに……」
と、ギルドの奥さんはそう言ったらしいが、
「うちの子を特別扱いするのは、他の戦争に行く方たちに申し訳ない」
と、叱られたらしい。あの人らしいよと奥さんは笑っていたが、寂しそうなのを覚えている。
店先の小さなショーケースには、夏祭りのために教えたコロッケが並んでいる。
肉を包む女主人に、
「そうだ。腸詰の肉を薄くスライスしてあげても、おいしいですよ」
「へえ、そうなのかい。今度、やってみるよ」
◇
最近、畑仕事をしていると、あの刺すような日差しは弱まり、吹いていた風の熱も、少し、やわらいだ。
屋敷から見える山は濃い緑が薄まり、前の草原は、黄色に色あせてきている。
――もうすぐ、収穫の時期だな。
そう思いつつ、ヴィリーさんのことが頭から離れない。
そんな暗い雰囲気の中、何も知らないフェリルだけは、夜の散歩に出かけると、元気に草原を駆け回っていた。
ある夜のこと。いつものように、フェリルを夜の散歩に連れ出すと、
「ハルさん」
と、リーゼさんに声をかけられる。
「どうしたの? こんな夜、遅く」
「抜け出してきちゃった」
リーゼさんは大叔父のヴィリーさんのことや、戦争のことが気になって眠れなかったらしい。
そこで、窓の外をみると、僕とフェリルが散歩をしているのが見えたので、追いかけてきたそうだ。
「この子の散歩は、いつも夜にしているの?」
「ええ、村の人に迷惑をかけないようにしている」
「こんなにおとなしいのに」
と、リーゼさんが、しゃがみこんでフェリルの顔を撫でる。
「あなたは、人になんて迷惑をかけないわよね」
フェリルも撫でられて、うれしそうに尻尾を振っている。
フェリルを前に、二人と一匹で夜の道を歩いた。
フェリルが、草原に駆け出しそうになるので、首輪を外して、自由にすると、二人をおいて、フェリルは草原の中へと駆け出した。
草原の少し土手になったところで、僕とリーゼさんは並んで座った。
目の前に、草原が広がり、何か虫でも追いかけているのか、フェリルが跳ね回っている。
ふと、横を見ると、月明かりが、リーゼさんの横顔を照らし、幻想的で美しい。でも、どこか、せつなく見える。
「どうなるのかしら?」
と、黙っていたリーゼさんが静かにつぶやいた。
「僕にはわからない。でも……」
リーゼさんが僕に振り向いた。その顔は潤んでいて、どこか儚く、きれいだった。
僕は最初に頭に浮かんだ言葉を口にすることはできなかった。だから、もう一つの本心を口にした。どちらも僕の本当の気持ちだった。
「お世話になった村や街の人たちにはできるだけのことはしたいし……」
言葉につまった。僕の鼓動が高まるのがわかる。それでも、最初に頭に浮かんだ本心を、思い切って告げた。
「いつまでも君のそばにいたいと思う」
リーゼさんに抱きつかれた。彼女のぬくもりを感じ、彼女の香りが鼻の先をかすめた。彼女の鼓動も聞こえる。
見つめるリーゼさんに、僕は唇を重ねた。
二つの鼓動は静まり、草原のあちらこちらで鳴く小さな虫の音だけが聞こえた。




