第5話 市場
リーゼさんと市場に行くことになったはいいが、その前にしなければならないことがあった。
換気のために開けた窓の戸をすべて閉めなければならない。
申し訳なかったが、リーゼさんに手伝ってもらい、一人で戸を開けた時よりも短い時間で、すべての戸を閉めることができた。
――窓が多すぎるんだよ。ヴィリーさん!
窓の戸を閉めていると、リーゼさんは不思議に思ったらしく、たずねてきた。
「すべてのベッドには白い布がかけられているんだけど、ハルさんはどこで寝ているの?」
「一階の奥の部屋だよ」
「ふーん……って、それ使用人の部屋じゃない?」
「そうだよ。でも、そこが一番落ち着くんだよ」
「あきれた」
――リーゼさんにあきられてしまったよ。ヴィリーさん!
戸締りをして、僕はリーゼさんに連れられ、村の市場へ向かった。
市場についたころには、日は少し傾きかけていた。
市場は、思っていたより、ずっと賑やかだった。
石畳の通りに店がずらりと並んで、野菜や、肉や、焼きたてのパンの匂いが入り混じる。前の世界にもあった市場を思い出す。でも、スーパーに追いやられ、見ることも少なくなった。
前の世界でみたようなものも、多かった。トマトに似た赤い実、玉ねぎ、じゃがいもらしき芋。
けれど、見たこともないものも、同じくらいあった。艶やかすぎる色の果物、表現しようのない形の野菜。どう進化したら、こうなるのかわからない動物の肉。
「これって食べられるんですか?」
「えっ! 食べられるわよ。食べたことないの?」
「ええ……」
リーゼさんにまた、あきられてしまった。
「ムスカはヴェルダニア王国ならどこにでもある野菜よ。ハルさんの国にはなかったのね」
「見たことはないです」
くすくす笑われて、顔が熱くなる。
――仕方ないことなんだけど、なぜか恥ずかしい。
結局、見覚えのある食材とエクス鳥を買った。
ひととおり歩いて、ふと、通りの隅の店で足が止まった。
その店には酒が売られていた。店の片端。ほかの酒より、ずっと安い値札をつけられて、ワインらしきものが、うっすら埃をかぶって置かれていた。
「ワインって……あんまり、売れないんですか」
「ワイン?」リーゼさんは、きょとんとした。「うちでも、誰も飲まないわ。すっぱいだけだもの」
――やっぱり。ここでもそうなんだ。ヴィリーさん。
◇
買い物を終えて、市場を出ると、リーゼさんと別れた。
屋敷へ戻ると買ってきた食材を台所に運んだ。
台所には魔法石を使った冷蔵庫もあった。
――冷蔵庫は本当に助かるよ。ヴィリーさん!
食材を片づけていると、ノックの音がした。
ドアの方に振り向くと、リーゼさんが立っていた。
「ねえ、ハル。よかったら、うちで夕飯食べていかない? 親が、ぜひ夕飯にって」
そうして、リーゼさん家にお呼ばれすることになった。
リーゼさんの家は、ヴィリーさんの家から、そんなに離れていないところに建っていた。
玄関で彼女の両親が出迎えてくれた。僕を見るなり、顔をほころばせた。
「あんたが、あの屋敷に住んでくれてるんだって?」
お父さんが、太い手で、僕の手を握る。
「はい」
「いやあ、助かったよ。ヴィルフリート様は時々、帰ってきてくれるけど、やっぱり、だれも住んでいないと不用心で。気になってたんだ」
「さ、あがって。あがって。くつろいでくれ」
部屋に入り、テーブルにつくと、お父さんは酒をついでくれて、お母さんは湯気の立つ皿を、次々と運んでくる。
出てくる料理を口にしながら、会話も弾んだ。
――こんな、あたたかい食事は何年ぶりだろう。
知らない世界の、知らない家の食卓なのに、胸の奥がじんと熱くなる。
食事中の会話は、この国のこと。ここら辺りのこと。ヴィルフリート様のこと。郷土料理に、特産品のことにまで至った。
途中、僕はワインのことをきいてみた。
「ワイン?」お父さんが、顔をしかめた。「そうだな。ヴィルフリート様は一生懸命に作っていたけど、誰も飲まないな。――好きこのんで飲むのは、炭鉱で働くドワーフくらいのもんだ」
「炭鉱の……ドワーフ?」
「ああ。あいつらだけは、なぜか、ありがたがって飲むらしい。物好きな連中だよ」
◇
夕食をごちそうになって、リーゼさんの家族に送られ、僕は一人屋敷へと向かう。
すっかり、夜だった。
見上げると、空いちめんの星が輝いている。その光が緑色の草原を銀色に染めている。
足元に小さな淡い紫色の光が、ふわり、ふわりと舞っていた。
――蛍だろうか。でも、発している色が違うな。
気づけば、紫の光が銀色の草原いちめんに舞っていた。
――明日から、本格的にブドウ畑の作業を始めよう。




