第4話 台所
朝。
使用人の部屋にあった洗面所の蛇口をひねると、水が出た。顔を洗いながら、
――風呂に入りたいな。
昨日、屋敷の中を見回ったとき、風呂も見つけた。でも使い方がわからなかったし、勝手に使って、とんでもないことになったら、困るので風呂はあきらめた。
リーゼさんの笑顔が浮かぶ。
――今度、リーゼさんに聞いてみるか。
固いパンをかじって朝食を済ませると、僕はさっそく掃除にとりかかった。
とはいえ、ほとんどの部屋は使う気がないので、窓を開け、換気だけをすることにした。
家具にかかっている白い布は外すつもりはない。
もちろん、埃が積もっていれば、払うぐらいするつもりだ。
始めて見ると、それだけで半日はかかった。日が沈む前には開けた窓をすべて閉めなければならない。
――窓の数が多すぎるよ。ヴィリーさん!
一通り、窓を開けると、台所へ向かった。
そこは、ヨーロッパの風景の写真集にでてくるような台所だった。
白い壁に、乾いたハーブの束。使い込まれた銅の鍋が、整然と吊るされている。窓辺には、小さな鉢植え。写真集には、
――プロヴァンス地方
と、書いてあったような気がする。
――こんなキッチンで料理ができるなんて、贅沢すぎる。
考えていたら、腹が鳴った。そういえば、朝から何も食べていない。
旅のために買った保存食はもうほとんど残っていなかった。
――困った。
と背に腹は代えられないと、料理の材料を探した。
――後で買いに行って、使った分を戻そう
と考えたが、食材は見つからなかった。
――どうしよう。
「こんにちは」
台所のドアのところに布をかぶせた鍋を手に持ったリーゼさんが立っていた。
「あ……こんにちは」
「なにしているの?」
「いや、昼ご飯を作ろうと思って……」
「ちょうど、よかったわ。ブルカが残ってしまって、持ってきたの」
「ブルカ?」
「ええ、野菜とお肉を牛乳で煮込んだ料理なの。ここらあたりの家庭料理よ」
――シチューかな
「冷めたから、温めるね」
そう言って、リーゼさんが台所のコンロの前に立って、ブルカを鍋に移しかえた。コンロの横にあったボタンを押すと、炎が立ち上がる。
動力はなんだろうと思い、聞いてみる。
「それって、ガスで火が付くの?」
「ガス?」
と不思議な顔をされた。
「あ、いや。よくわからなくて」
「魔法石のコンロは初めて?」
「はい……」
「ふーん。そうね。魔法石のコンロって値段が高いからね」
ブルカを少し煮込むと、皿によそってくれた。
一口、食べると、元いた世界のシチューに似ていたが牛乳っぽかった。でも味はおいしかった。
――シチューなら、もうちょっとクリーミーなんだけど
「おいしいよ」
「よかった」
「お願いがあるんだけど……」
「なに?」
「実は、この家の器具の使い方がわからなくって。例えば、風呂とか、明かりだとか」
「それは大変ね。いいわよ。食べ終わったら、教えてあげる」
ブルカを食べ終わると、リーゼさんがいろいろ教えてくれた。
――使い方は、元いた世界とほぼ同じだな。
他にわかったことは、この世界には電気やガスはないこと。
魔法石の器具が広く使われているけれど、買えない家は薪も使うらしい。
もっとも、屋敷の大部屋の暖炉は薪を使う。こちらはこちらで贅沢品らしい。
魔法石も使っているうちに、魔力が減ると、交換しなくてはいけない。
屋敷にある魔法石の器具の使い方を一通り教えてもらうと、リーゼさんに聞かなければならないことを思い出した。
――リーゼさんに頼ってばかり、申し訳なく思うが、仕方ないよね。わからないんだから
「あの、リーゼさん。この辺りで食材って、どこで買えるんですか」
「市場よ」と答えると、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ――私が、案内してあげる」
その笑顔は、台所の窓から差しこむ日の光よりも、明るく、癒される。




