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第49話 夏祭りの準備

 畑仕事が陽の暮れまで続く毎日で、市場への買い出しに行けずにいた。気づけば、食料が底をつきかけている。


 その日は思い切って、昼から街へ出かけることにした。


 街は、夏祭りの準備でにぎわっていた。広場には屋台が組まれ、色とりどりの灯りが、着々と吊るされていく。ブルーノさんのところで働く、若いドワーフたちの姿もあった。


 まずは、いつもの肉屋へと足を運ぶ。ここの女主人には、例の教会のシスターの一件で、すっかり頭が上がらない。街に来たときは、必ず寄って、肉を買うようにしている。


 肉を包んでもらいながら、


「もうすぐ、夏祭りですね」


 と声をかけると、


「そうだねえ。ハルさんは、ここの祭りは初めてだろう」


「ええ、楽しみにしてます」


「楽しんでくれると、うれしいよ。なんせ、今年、祭りができるのは、ハルさんのおかげでもあるんだから」


 どうやら、僕が費用を出していることは、知られているらしい。


「でも、あたしゃ、この時期になると、いつも頭を抱えててね」


「どうしてです?」


 訊けば、毎年、出店を出すのだが、何を売るかで悩むのだという。いつも肉の串焼きなのだが、ほかの肉屋とかぶってしまう。かといって、ほかに思いつかない。


 もとの世界で、肉屋の店先に、小さなショーケースが並んでいたのを思い出した。


「コロッケなんて、どうです?」


「コロッケ?」


「ええ。今度、作って持ってきます。おいしかったら、レシピをお教えしますよ。それを、出店に出したらどうです」


「そりゃ、ありがたい」


 女主人と約束して、店をあとにした。


   ◇


 市場で食材を選んでいると、ブルーノさんを見かけた。


 店員に何か勧められては、手を振って断り、次の店へと、のんびり見て歩いている。


「ブルーノさん!」


「やあ、ハルさん」


 僕に気づくと、いつも以上の笑顔を向けてくれた。


「市場に、おひとりなんて、めずらしいですね」


 訊けば、祭りの準備を見てくるといって、家を出ようとしたとき、ちょうど買い物に行く奥さんにつかまり、いっしょに行くことになったらしい。


「嫌な予感はしてたんだ。案の定さ」


「奥さんは、どちらに?」


 ブルーノさんが浮かない顔で目をやった先に、ドワーフの女性と、背の高い人間の女性が、道端で立ち話をしていた。大声で笑いながら、じつに楽しそうだ。


「もう一人の方は?」


「冒険者ギルド長の、かみさんだよ」


「え! じゃあ、ご挨拶に行かなくちゃ」


 二人のほうへ歩き出そうとすると、ブルーノさんに腕をつかまれた。


「やめといたほうがいい」


 忠告されるも、お世話になったので、と腕をふりほどいて、近づいた。


「あの、初めまして。ハルといいます。いつぞやは、お世話に……」


「あなたが、ハルさん。いいのよ、そんなこと。それより、うちのダメ亭主のせいで、流れかけた祭りができるのは、ハルさんのおかげだもの」


 と、人間の女性が礼を言う。


「そうよ。何も気にしなくていいの」


 と、ブルーノさんの奥さんも口を添える。


 ――そこからだった。


 二人の女性から、質問攻めにあう。この街はどうだ。私にも料理を教えてほしい。恋人はいるのか。


 僕は、「ええ」「はい」「いいえ」と、短く返すのがやっとで、詳しく話そうにも、次の話へ移ってしまう。始終、圧倒されっぱなしだった。


 ブルーノさんが止めた理由が、痛いほどわかった。


「ブルーノさんが退屈してるので、僕、行きます」


「いいのよ、うちの旦那なんか、放っておいて」


 と言われたが、どうにか逃げ出して、ブルーノさんのもとへ戻ると、


「だから、言っただろ」


 と、笑われた。


 ――返す言葉もない。


「そういえば、鍛冶場は大きくなったんですか」


「ああ、それか……あれは、延期になったよ」


「どうして? 職人も増えて、あの広さじゃ、手狭でしょう?」


「作業場が広くなっても、材料の石が入ってこなきゃ、仕事にならんだろ」


 どうして石が、と言いかけて、やめた。おそらく、戦争のせいだ。武器や道具になる鉱石は、首都に回されているのだろう。


「そう、ですね」


 としか、言えなかった。


「だから、若い衆は祭りの準備に回してる。あいつらは、まだ腕がないからな。首都に行っても、足手まといになるだけさ」


 僕が黙りこむと、ブルーノさんは、


「どうだい、一杯、付き合わねえか」


 と、グラスを傾ける仕草をした。


「いいんですか。奥さんを、放っておいて」


「いいも何も。このあと、肉屋のおかみのところに寄るはずだ。まだ、当分かかるさ。いいんだよ、うちの奴なんか、放っておいて」


 いつも僕の無茶な注文を聞いてくれるブルーノさんの誘いを断れるはずもない。むしろ、今度は僕から誘おうと心に決める。


 このあと奥さんに見つかって、「昼間から、酒なんて」と、いっしょに叱られることになるとも知らず――僕たちは、二人、楽しくお酒を酌み交わした。

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