第48話 桐の下駄
浴衣の仕立てをリーゼさんのお母さんのアイラさんに頼んでみて、足りないものが、次々と出てきた。
翌日、また市場の服屋で帯の生地を探した。濃紺の生地はすぐ見つかったが、いっしょに買った薄ピンクの反物も気になる。あれに合う帯も、と探して、淡い赤の生地を選んだ。
帰り道、帯を抱えながら、昔の夏祭りのことを思い出した。
その日。祖父も父も、もう浴衣を着て、玄関で祖母と母を待っている。
「女は、ちょっと出かけるだけなのに、支度に時間がかかってかなわん」
と、父がぼやく。
「ハル! ちょっと見てこい」
言われて下駄を脱ぎ、家の奥へ様子を見にいくと、ちょうど祖母が、母の帯を結びはじめるところだった。
僕は、その手つきに見入ったものだ。帯は毎年、祭りの前に生地を新調して、祖母が仕立てた。
◇
屋敷に着き、さっそく帯を作ろうとして、手が止まった。
祖母の仕立てを、毎年そばで見ていたから、手順は覚えている。でも、いざ自分でとなると、不安しかない。せっかくの生地を、台なしにしそうで怖かった。
結局、これもアイラさんに頼むことにした。淡い赤の生地も、「もし、よければ」と、いっしょに渡した。
まだ、ほしい小物がある。
やっぱり、下駄だ。浴衣に靴は、日本人の美意識として、どうしても許せない。
職人ギルドで、木にくわしい人を訊ねた。ちょうど、夏祭りの木材を商談しにきていた、ドワーフさんを紹介してもらった。
軽くて、湿気を吸い、割れにくい木がほしい。そんな贅沢な注文をすると、
「それなら、家具屋に卸した木材がある。分けてもらえばいい」
と、あっさり教えてくれた。
僕がほしかったのは、桐だった。祖父も父も、祭りには桐の下駄を履いていた。軽くて、どこか品がある。子供で、しかも成長期だった僕には、桐の下駄なんて、贅沢すぎて買ってもらえなかった。いつも、店先のワゴンに山積みになった中から、サイズの合うものを選んだものだ。
職人ギルドをあとにして、家具屋に向かった。そこで、桐に似た木材を、少し分けてもらった。
下駄は、自分で作ることにした。地下に、ワイン樽の手入れに使う道具がある。もう何度か、樽の修理で使って、木材の扱いに慣れていた。
鼻緒には、帯の余り布を使うつもりだった。リーゼさんの家を訪ね、生地が余ったら返してほしいと頼むと、思ったより残ったようで、分けてもらえた。
時間も遅く、その日も夕食をよばれた。
食事の途中、リーゼさんに、
「何を、二人でこそこそしてるの?」
と、詰め寄られる。どうやらアイラさんは、浴衣のことをリーゼさんに黙っているらしい。僕も、それにならって、うまくごまかした。
◇
次の日、アイラさんが、できあがった浴衣を持ってきてくれた。
さっそく袖を通す。帯を腰のあたりで回すと、サイズはぴったりで、着心地もいい。初めて頼んだのに、さすがとしか言いようがなかった。
「女の人のも、同じ型でいいのかしら」
「いえ、女性の浴衣は、少し違うんです。もっと、女性らしい仕立てになります」
「悪いけど、教えてくれる?」
「いいですよ」
僕は、男物と女物の違いを伝えた。身丈は長めに仕立てて、腰のあたりで折り上げること。脇の下や袖を、縫わずに開けておくこと。袂に、丸みを持たせること。
とくにアイラさんが興味を持ったのは、襟を後ろに引いて、うなじを広く見せる着方だった。そのために、髪を後ろで結うことも教えた。
「いいわね」と、アイラさんが感心する。
「どなたの浴衣を作るんです?」
「私のに決まってるじゃない」
即答だった。てっきりリーゼさんのぶんかと思っていたが、そうでもないらしい。
「そうだ。ちょっと待っててください」
地下から、ゆうべ遅くまでかかって作った下駄を持ってくる。履いて、鏡に映してみると、そこだけ、まるで日本に戻ったような錯覚がした。
「どうです? 僕の国で、浴衣といっしょに履いてたんです」
「変わった履物ね。素足に履くの?」
「ええ。こちらの方には、少し歩きづらいかもしれません」
「そうね。……ねえ、私にも作ってくれる?」
「いいですよ。足のサイズは?」
「二十二センチ」
この世界にも、センチという単位があった。長さも、もとの世界と同じで、きっと、昔の異世界人が持ちこんだのだろう。
「女性用は、これほど高さがないので、男物よりは歩きやすいと思います」
「お願いするわ」
「それと、女性には、小物入れがあったほうがいいので」
僕は図案といっしょに、帯を作って余った生地を渡した。
「それにしても、こんなに服の仕立てについて、よく知っている男の人って初めてだわ。まして、女性の服まで。ハルさんの国って、みんな、そうなの?」
「いえ、違います。たぶん、祖母がよく作っていたので、それを見て、覚えていただけです」
自分でも、こんなに細かいところまで、覚えていたのが不思議だった。
――深く考えても仕方がない。
そう思うようにした。
◇
夜、部屋にかけた浴衣をながめる。
夏祭りが、待ち遠しくてたまらなかった。




