第47話 浴衣
グリーン・ハーベストで畑仕事が夕方まで続く、ある日。畑に出ていると、涼しげで、どこか懐かしいシャツを着た近所の男性が、通りを歩いていた。
白地に、紺の線が幾何学模様に走っている。
「すずしそうなシャツですね」
「そうだろ。涼しいんだ」
「どこで買ったんです?」
「嫁さんに、作ってもらったのさ」
「そうなんですか。似合ってますよ」
「そうかい」
まわりの景色には少し不釣り合いに思えたが、着ている本人には、よく似合っている。
――どう見ても、着物の柄なんだよな……。東の国から来たのかな……
そんなことがあって、数日後。市場の服屋で、珍しいものを見つけた。
反物だった。紺色で、生地にはしわのような凹凸があり、やわらかな肌ざわり。その横には、うっすらピンクを帯びた、朝顔の模様の反物もある。
紺のほうを手に取りながら、僕は悩んだ。店員は、ほかの客の相手で忙しそうだった。
――着物の生地だ。まちがいない。
もうすぐ夏祭り。夏祭りといえば、浴衣。そこまで想像して、はたと気づく。浴衣なんて、作れない。針仕事といえば、取れたボタンを縫うのが関の山だった。
小さいころは、祖母が縫ってくれた。それを着て、夏祭りに出かけたものだ。あのころは、浴衣がなぜか嫌で、普段着でくる友達がうらやましかった。
毎年、浴衣を仕立ててくれた祖母のことが懐かしく、今は、夏祭りには浴衣を着てみたいと思う。
そんなことを考えて店先に立っていると、声をかけられた。
「ハルさん!」
振り向けば、リーゼさんのお母さん、アイラさんだった。
「こんにちは、アイラさん」
「こんにちは。どうしたの、こんなところで突っ立って」
「懐かしい生地を見つけたんですが、僕、服なんて縫えなくて。どうしたものかと」
「お針子さんに頼めば……なんなら、私が作ってあげましょうか。裁縫も、得意なのよ」
――『も』って言った。
料理の腕がすばらしいのは、身にしみて知っている。何品かレシピを教えれば、僕が作ったものより、ずっとおいしく仕上げてしまうのだ。
「少し、変わった服なんですが……」
「いいわよ。ハルさんが作るものは、いつも変わっているもの。この生地ね」
アイラさんは、紺の反物を手に取った。
「あら、こっちの柄もかわいい。じゃあ、これも」
と、薄ピンクの反物まで、いっしょに抱えてしまう。
「いいんですか?」
「いいのよ」と、アイラさんは微笑む。
「じゃあ、代金は僕が」
店員を呼んで払おうとすると、
「私が払うわ。店員さん、こっちでお願い」
と、割り込まれる。
「そこまで、していただくわけには」
僕も、引かなかった。押し問答になって、店員さんも困り顔だったが、結局、アイラさんが強引に払ってしまった。
――今度また元いた世界の料理を教えよう。
と思う。そんな料理はいくつもある。ただ、まず自分で作ってみて、おいしくできなかったものは没にしていた。
「どんな服にするのか、あとで教えてね」
「わかりました。図に描いて、持っていきます」
アイラさんはほかに用があるとのことで、そこで別れた。
◇
家に帰ると、さっそく型紙を作りはじめた。
祖母も、浴衣を仕立てるときは、まず僕の寸法を測り、型紙に起こしていた。その様子を、なぜだか鮮明に思い出せる。どの寸法が、型紙のどこになるのか。襟、袖、胸まわり、腹まわり、丈。不思議なくらい、迷いなく形にできた。
――これ、スキルじゃないよな。
あまりに正確なので、自分でも疑ってしまう。でも、以前に教会で調べたときにも、スキルなんてなかった。それは、はっきりしている。
できあがった型紙を持って、リーゼさんの家へ向かった。
チャイムを鳴らすと、リーゼさんが出てきた。
「どうしたの?」
「お母さんに、用があって」
そう言うと、少し残念そうな顔をして、家に招き入れてくれた。
アイラさんに型紙を見せ、作ってほしい浴衣を説明した。アイラさんは熱心に耳を傾け、あれこれ質問してくる。とくに、型紙と着る人の寸法の対応を、細かく訊かれた。
アイラさんとあまりに熱心に話していたので、そばにいたリーゼさんが少し不機嫌そうに黙っていたのに気づいたのは、浴衣の話が終わったときだった。
話しこむうちに遅くなって、その日は、夕食をよばれることになった。
食事中、リーゼさんから、いつもより多く話しかけられた。
食卓には、僕が教えた料理も並んでいた。
それが、僕の作ったものより、格段においしくなっていて――なんとも、複雑な気持ちになった。




