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第46話 グリーン・ハーベスト

 ブドウの実が、緑から黄へと色を変えはじめた。もちろん個体差はあって、まだ青いままの房もある。


 ――そろそろ、決めなければ。


 畑のこと以外にも、いろいろあった。それでも、ずっと頭の隅で引っかかっていたことがある。


 『グリーン・ハーベスト』。いわゆる間引きだ。


 実家では、良い品種で、良い実をつける木にだけ間引きをして、残った房に栄養を集めていた。そうして極上のワイン用のブドウを育てるのだが、すべての木に行うと、収穫量が減ってしまう。だから、選ばれた木だけ間引きする。ほかの木は、育ちの遅い房を落とすくらいで済ませていた。


「いいか。うまいワインを作るには、残した房に力を集めてやらんといかん。だから、育ちの遅い房。風通しを悪くしている房。一本の木に多すぎる房。そういうのは、切り捨てるんだ。犠牲になった房があるから、上等なワインができるんだぞ」


 祖父は、間引きの時期になると、育ちかけの房を惜しげもなく落としながら、そう言っていた。


 ところが、目の前の畑には、どれが良い品種で、どの木がうまいワインになるのか、わからない。


 ここまで育った実を切り落とすのは、正直、心が痛む。


 といって、間引きには決まった時期がある。実の色を見るかぎり、もう、そう長くは待てない。


 祖父が言うには、


「間引くにもな、早すぎてもダメじゃ。房が減ったぶん、枝や葉にばかり栄養がいってしまう。遅すぎてもいかん。栄養が実に回りきってから落としても、もう遅い。その見極めは、房が教えてくれるんだ」


 まずは、風通しをふさいでいる房を落とした。これは風通しが悪いと、他の実にカビが生えてしまう。次に、黄緑がかってきた木から、成長の遅い青いままの房を切っていく。


 問題は、それでもたくさんの房を残している木だった。どこまで落とすか。その判断に悩んだ。


 今年はどうやら豊作らしい。一本の木にこんなにも房がついていることが、よけいに僕を悩ませた。


   ◇


 ブドウの品種にくわしいのは、種苗店のフロリアンさんだろう。そう思って、店を訪ねた。


 間引きの話をすると、


「そこまでするんだ」


 と、感心された。


 肝心の品種について訊いてみると、


「いいワインになる品種ね。もともとブドウのワインを好んで飲むのは、炭鉱のドワーフぐらいだからね。どの品種がいいのかなんて、正直、わからない」


 やっぱり、手がかりはなかった。


 悩んだあげく、腹を決めた。どの品種がワインに向くのか、どの木がうまい実をつけるのか。それを知るために、今年は、すべての木で残す房の数をそろえることにした。


 おかげで、いつもは午前中で片づく畑仕事が、日の沈むころまでかかる日が続くことになる。


   ◇


 切り落とした房を、そのまま捨てる気はない。


 まだ青い実は、『ヴェルジュ』にするつもりだった。


 父が、どこで仕入れてきたのか、未熟なブドウから作る、このドレッシングの作り方を学んできた。母はよく言っていた。あの人が役に立つのは、ブドウの稼ぎと、このドレッシングだけだと。


 まず房から実を外し、きれいに水洗いして、ザルにあげ、水気を拭き取る。それを、種までつぶさないよう、やさしく押しつぶす。布でこして、最後にきゅっと絞れば、『ヴェルジュ』ができ上がる。


 実家では、これにオリーブ・オイルを混ぜ、少しの塩と砂糖を加えて、サラダにかけて食べた。


 レモンほどの酸味はなく、舌にやさしい、フルーティな味がする。


 畑仕事の合間に仕込んで、小瓶に詰め、近所へ配ってみた。


 ――気にいってもらえるといいけど。


 その心配は、いらなかった。思った以上に好評で、みんなから、またほしいと催促された。


 ということで、畑仕事が忙しくなるうえに、『ヴェルジュ』も作らなければならなくなった。


   ◇


 噂を聞きつけて、職人ギルドのバーナードさんがやってきた。


「このドレッシング、ギルドで扱わしてくれないか?」


 僕は了承し、そこで、石鹸のときと同じような契約をした。

 作り方は職人ギルドを通して職人に伝える。また、僕が間引いたブドウの実は職人ギルドに卸すことになる。僕には、いくらかのアイデア料と卸したブドウの実の代金が入ることになった。


 契約する条件として、ひとつ、付け加えた。


「カーマイン商会のキースさんのぶんは、確保してほしい。あの人には、世話になったから」


「わかった。作った『ヴェルジュ』は商人ギルドに卸すから、商人ギルドに伝えておくよ」


「それと、僕が受け取るお金だけど、夏祭りに回してくれる?」


「いいのかい?」


「もちろん」


 おいしいワインをつくるために、犠牲になった実を無駄にせずに済んだのもよかったし、『グリーン・ハーベスト』で忙しいなか、『ヴェルジュ』づくりに時間を取られないのも助かった。


   ◇


 ある朝、朝食の用意をしていて、『ヴェルジュ』が残り少なくなっているのに気づいた。


 最近は、サラダにかけて食べていたので、買いに行かなければならない。

 石鹸もそうだが、自分が教えたものを店で買うのは、すこし恥ずかしかった。


 ブドウ畑には、間引きしなければならない房を多くつけた木がまだ、たくさんあった。

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