第45話 和解
買い出しに出ると、市場の店員の視線が、ときおり冷たく感じる。
たいていの人は、これまでどおり愛想よく応対してくれる。それでも、なかには、ひと言も口をきかず、無言でおつりを返す女性店員もいた。逆に、男の店員のなかには、こちらを見てにやにやしている者もいる。
――ミランダさんとの噂が、すっかり広まっているな。
困ったことになった。
リーゼさんとは、あれきり会えていない。道でばったり顔を合わせても、すっと姿を消してしまう。
ケーキを焼いたり、おかずを多めにこしらえたりして、リーゼさんの家へ届けに行っても、出てくるのは、いつもお母さんだった。お母さんには、
「教会のシスターと、道で行き会って……夜も遅かったので、家に泊めただけなんです」
自分で口にしていても、まるで下手な言い訳のようで、顔から火が出そうだった。それでも、伝えないわけにはいかない。
「それだけなんです。リーゼさんに、そう伝えてもらえますか」
「ええ、わかりました」
お母さんは、困ったようにうなずいた。
◇
このままではいけない。
バーナードさんには近づくなと止められていたが、僕は、ミランダさん本人に会おうと、教会へ足を運んだ。ところが、
「あの方でしたら、首都の教会へお戻りになりましたよ」
と言われてしまった。
――詰んだ。
もう、リーゼさんの誤解を解く手立てが、どこにもない。
異世界へ来て初めて、これ以上ないほどの挫折を味わった。
教会からの帰り道、声をかけられた。
「よう。あんたがハルさんかい」
冒険者ギルド長の、ザインさんだった。名乗られて、はじめて言葉を交わしたのに、なぜか初対面の気がしない。祭りの壇上に立っていた姿を、よく覚えていたからだ。
ザインさんは、夏祭りの花火の費用を僕が出すことに、丁寧に礼を言ってくれた。
「うちのかみさんも、感謝してたよ。会ったら、よろしくってな」
「いえ。この街の人には、いつも世話になっていますから。ほんの恩返しです」
「いや、なかなかできることじゃない。……今度のことは、冒険者ギルド長として、申し訳なくてな。どうしたものかと、頭を抱えていたんだ」
「仕方ないですよ。冒険者ギルドが悪いわけじゃ、ありませんから」
「そう言ってくれるとな。……ところで、遠目に見ても、どうも元気がないようだが」
「いろいろ、ありまして」
「ああ、あのシスターのことか」
ザインさんは、にやりとした。
「それなら、きっと大丈夫だ」
「え! どうして、ですか」
「まあ、今にわかるさ」
うれしそうに微笑むばかりで、いくら訊いても、それ以上は教えてくれなかった。
◇
その日の夕方。
夕食のしたくをしていると、玄関のチャイムが鳴った。
出てみると、リーゼさんが、うつむき加減で、恥ずかしそうに立っていた。
「ごめんなさい。こんなに遅くに……」
「とんでもない。立ち話も何ですから」
僕は、ベランダの椅子を勧めた。
リーゼさんのほうから来てくれた。それだけで、うれしくてたまらない。けれど、必死に平静をよそおって、テーブルを挟んで向かい合う。
「どうか、したんですか」
「実は……」
聞けば、リーゼさんは、三人の女性に頼まれて来たという。ブルーノさんの奥さん、ザインさんの奥さん、そして、いつも肉を買う市場の女主人。
この街で、その三人に逆らえる者は、亭主も含めて一人もいないらしい。三人とも、そろって男勝りで、強烈な個性の持ち主。おまけに、めっぽう仲がいい。この三人が顔をそろえると、必ず何かが起こる。しかも、ただではすまない――と、もっぱらの評判なのだそうだ。
その三人が、ミランダさんを問い詰めた。この街へ来た理由。そして、僕を嗅ぎ回る、そのわけを。
三人の迫力に押されて、ミランダさんは、洗いざらい白状したという。
三人は、ミランダさんを引き連れて、リーゼさんの家へ乗り込んだ。突然の来訪に、お母さんも、何事かと震えあがったらしい。
ミランダさんは、三人の女性に囲まれて、借りてきた猫のように、終始小さくなっていた、と聞いて、僕は思わず苦笑した。
――あの、ミランダさんが。
そうして、ミランダさんが打ち明けたことを、僕は、リーゼさんの口から聞いた。
かいつまむと、こういうことだった。
ミランダさんは、北の森の魔物を倒した勇者パーティー――その聖女様の、弟子なのだという。聖女様に頼まれて、僕を調べに来た。もし、パーティーの役に立ちそうなら、引き入れるつもりだったらしい。
「ミランダさんが首都へ帰ったってことは……僕は、勇者パーティーには不採用、ってことですね」
「ええ。スキルがないので、役には立たない、と」
――それは、それで、少しこたえるな。
「まあ、いいか。勇者パーティーなんて、入る気はさらさらないですし」
「それと、この村で見たり、聞いたりしたことは口外しないと。もし、すこしでも噂にでもなったら、教会本部に怒鳴りに行くと脅していたわ」
――ブルーノさんの奥さんだな。
「これは、お母さんが言ってたんだけど……あの三人が脅して、スカウトを、やめさせたんじゃないかって」
――こわい。
「……ほかには、何か」
「うーん」
と、リーゼさんが言いにくそうにする。
「何か、言ったんですね。教えてください」
「……ハルさんとは、何もなかった、って」
「信じてくれますか」
「信じるわ。だって、ミランダさん、あの三人に、何度も怖いくらい念を押されてたもの」
「よかった。でも、僕自身で、リーゼさんの誤解を解きたかったな」
「どうして?」
僕は、一瞬、応えられなかった。それで、僕の口から出た言葉は、
「なんでだろう? そうだ。今、夕食を作っているんです。よかったら、食べていきませんか。……あ、お母さん、もう、こしらえてるかな」
「大丈夫。もしかしたら、食べてくるかも、って言っておいたから」
そう言って、リーゼさんは笑った。
久しぶりに見る、その笑顔だった。




