第44話 誤解
その夜、空になった鍋を返しに、リーゼさんの家へ向かった。
今朝、リーゼさんが届けてくれた、おかずの鍋だ。中身は、夕食のときにいただいた。
いつもの、おいしい煮物だった。
あいにくリーゼさんは留守で、出てきたお母さんに鍋を渡す。お母さんは、なぜか含み笑いを浮かべて、それを受け取った。
――なぜ、笑っているんだろう。
◇
その日、市場に出かけると、リーゼさんを見かけた。ロッテさん、グレタさんと、楽しそうに買い物をしている。
「リーゼさん」
声をかけると、振り返ったリーゼさんの顔が、僕だとわかったとたん、硬くなった。
「料理、ありがとうございました。せっかく届けてくれたのに、僕が受け取れなくて」
「いえ。代わりに、綺麗な人が受け取ってくれましたから」
いつもの笑顔は、どこにもない。
――やっぱり、怒ってる。
それでも、僕は笑顔で続けた。
「料理、とてもおいしかったです」
「それはよかった。お二人で、楽しいお食事をされたんですね」
淡々と、そう言う。
「誤解です。彼女は……」
言いかけた僕を、リーゼさんはさえぎった。
「ごめんなさい。急いでいるので」
そして、くるりと背を向け、ロッテさんとグレタさんに、
「さあ、行きましょう」
と、声をかける。二人が冷ややかな視線を僕に残して、三人は行ってしまった。
――ああ、完全に怒らせてしまった。どうしよう。
◇
立ちつくしていると、
「何かあったのかい? ずいぶん、嫌われているみたいだが」
振り向くと、職人ギルド長のバーナードさんが立っていた。
「こんにちは。……やっぱり、そう見えますか」
「ええ、はっきりと」
思わず、ため息が出た。
「どうかしたのかい」
「いえ、ちょっと……」
説明するのも気恥ずかしくて、言葉を濁す。
「時間があるなら、少し話したいことがあってね。ここも何だから、ギルドでどうだい」
「いいですよ」
「なんなら、彼女のことも、相談に乗るよ」
「それは大丈夫です。自分で、なんとかします」
◇
職人ギルドの応接間に通される。
ティーと菓子を運んできた職員が部屋を出ると、バーナードさんは、ふいに身を乗り出した。
「首都の教会本部から来たシスターのこと、知っているかい」
「ええ。ミランダさん、ですよね」
「なんだ、知っているのか」
バーナードさんは、椅子の背にもたれ直した。
「どうも、あのシスター……ハルさんのことを、あちこち嗅ぎ回っているらしいんだ」
「どうして、僕を?」
「それが、わからない。時期が時期だ。教会ならまだしも、国が絡んでいたら、厄介なことになる」
「でも、僕は一度、城を追い出された身ですよ」
「その状況が、変わったのかもしれない」
「そんな……」
「まあ、気をつけることだね。とくに、あのミランダというシスターには」
「……遅いですよ」
僕は、うなだれた。
「昨日、うちに泊めるはめになったんです。おかげで、リーゼさんにも嫌われて」
「そうか、もう遅かったか。……それで、何もなかったのかい?」
「何も、ありませんよ」
「本当に?」
疑わしげな目で見られて、僕はしぶしぶ白状した。夜中、彼女が僕の寝室をのぞきに来たこと。ちょうど、フェリルの散歩で留守にしていたこと。
「シスターのくせに、何を考えているんだか」
バーナードさんは、あきれ顔でため息をつくと、また声をひそめた。
「実はな。あのシスター、ブルーノのところにも来たんだ」
「ブルーノさんの?」
「ああ。あいつの弱みの、酒を手みやげにな。いっしょに飲んで……その勢いで、モーターのことを、べらべらしゃべっちまったらしい」
「じゃあ、モーターのことは……」
「知られた。今朝、ブルーノが、奥さんといっしょに謝りに来たよ」
酒が抜けたあと、しゃべったことを悔やんだブルーノさんが、奥さんに打ち明けた。すると奥さんは、しぶるブルーノさんを引きずるようにして、ギルドまで謝りに来たのだという。
バーナードさんも、はじめは腹を立てた。けれど、奥さんがブルーノさんの頭を小突いては、口ぎたなく叱りつけ、最後は二人そろって頭を下げるものだから、強くも言えなくなってしまったらしい。
「悪いが、ブルーノのことは、大目に見てやってくれないか」
「許すも何も。無理を言って作ってもらっているんです。感謝しか、ありませんよ」
「そう言ってくれると、助かる」
◇
家へ帰る道は、どうにも足取りが重かった。
――リーゼさんには、完全に嫌われてしまったな。




