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第43話 シスター・ミランダ

 朝の畑仕事を終えて戻ると、ベランダでミランダさんが朝食を食べていた。日はもう、高く昇っている。


 ――シスターというのは、こんなに怠惰でいいんだろうか。


「おはようございます、ミランダさん」


 あいさつをして、僕は思わず目をそらした。


 彼女は、どこで見つけたのか、男物のシャツを一枚、素肌に羽織っただけだった。ボタンは上まで留めておらず、胸もとがあらわになっている。太ももがまる見えだった。


「おはよう。おいしいわね、これ。あなたが作ったの?」


「そうですけど……。それより、そのシャツ、どうしたんです?」


「着るものがなくてね。探したら、出てきたの」


「それ、ヴィルフリート様のものです。勝手に着ないでください」


「あら、それはごめんなさい」


「とにかく、すぐにシスターの服へ着替えてください」


「はいはい」


 立ち上がりかけて、彼女はふと思い出したように言った。


「そういえば。朝方、若い女の子が、それを置いていったわよ」


 と、テーブルの上の鍋を顎で指した。


「……名前は、聞きましたか」


「リーゼ、とか言ってたわね。なんだか機嫌を悪くして帰っちゃった。私、悪いことでもしたかしら?」


 この世界へ来て、僕は初めてはっきりと怒りをおぼえた。


 ――そりゃそうだ。こんな格好の女性が、家の前にいたんだから。


「……もういいです。早く着替えてきてください」


「ごめんなさいね」


 ミランダさんは悪びれもせず、家の中へ入っていった。


 ――どうしよう。完全に勘違いされた。なんて、言い訳すればいいんだ。


   ◇


 ミランダさんの昼食を作ってベランダへ運ぶと、当の本人がいない。


 見回すと、シスター服に着替えた彼女が、畑のほうにいた。


 ――また、余計なことを。


 慌てて駆け寄ると、ミランダさんはフェリルを抱きかかえ、ふわふわの毛並みに頬をうずめていた。フェリルも、まんざらではなさそうだ。


「これ、魔獣じゃない?」


「ええ。でも、人に危害は加えませんから」


「飼ってるの?」


「違います。冒険者ギルドにSランクの冒険者を手配してもらっていて、それまで預かっているだけです」


「昨日の夜、あんた、どこかに行ってたわね。寝室をのぞいたら、いなかったわよ」


 ――のぞいた?


「フェリルの散歩ですよ。昼は人目につくので、夜中に」


「ふうん。やっぱり、飼ってるんじゃない」


「違います」


 ――待て。このシスター、夜中に僕の部屋へ忍び込んだのか。……あぶなかった。


 ミランダさんは、フェリルに頬ずりしながら、ぽつりと言った。


「かわいそうな子。あなたのご主人はね、冒険者を雇って、あなたを殺すつもりなのよ」


 フェリルが、クーン、と悲しげに鳴いた。


 僕は何も言えなかった。


 ――冒険者が来たとき、どうするのか。僕は、何も考えていなかった。


   ◇


 その日、ミランダさんは畑を見て回った。何かやらかしはしないかと、僕もその後をついて歩く。


 ブドウの木には、たいして興味もなさそうだったが、畑をぐるりと囲む柵――とりわけ、有刺鉄線に、目を留めたようだった。指先で、そっと触れて確かめている。


「夜は、触らないでくださいね。電気が流れていますから」


「電気って?」


「ええと……雷みたいなものです。魔石に蓄えたのを、流しているんです」


「雷系の魔石なんて、あったかしら。それとも、あんたが……いえ。あんたは、スキルなし、だったわね。じゃあ、誰か、雷の魔法を使える人がいるのかしら」


 モーターのことは、秘密にしている。


「今、職人ギルドに申請中でして。ほかの人には、まだ言えないんです」


「そう」


 ミランダさんはあっさり引き下がり、それ以上は訊いてこなかった。


「……ミランダさんは、いつ発つんです? どこかへ行く途中だったのでは」


「そんなに急いでいないの。もう少し、いてもいいかしら。できれば、お昼もごちそうになりたいわ」


 返事はしなかった。内心では、


 ――なんて、図々しいシスターだ。


   ◇


 結局、彼女の昼食も作った。ベランダに置いて台所へ戻り、その隙に、フェリルへ餌をやることにする。


 いつもは味つけした生肉を渡すのだが、火を吐くところを見られたくない。だから今日は、あらかじめ焼いてから、持っていった。


 ところが、フェリルの前に肉を置くなり、


「へえ。この子、焼いた肉を食べるのね」


 と、背中越しにミランダさんの声がした。


「食事は、ベランダにありますよ」


「知ってるわ。でも、魔獣が食べるところを見たくて」


 フェリルは、焼いた肉をひと嗅ぎすると――ぼっ、と口から火を噴いて、自分で肉をあぶり直した。それから、うまそうに、かぶりつく。


 ――しまった。焼きが足りなかったか。


 悔やんでも、もう遅い。しっかり、見られてしまった。


「火を吐くんだ。すごいのね」


 ミランダさんが感心すると、フェリルは言葉がわかるのか、得意げに前足を振り上げた。少し離れた大きな石が、すぱりと二つに割れる。さらに角から雷が走り、割れた石を、粉々に砕いた。


「すごい、すごい」


「……何を見せびらかしてるんだ」


 あきれる僕に、フェリルは、うれしそうに尻尾を振って、頭を寄せてきた。


 ――はいはい。わかったよ。


 僕は、その頭をなでてやった。


   ◇


 昼食をすませると、ミランダさんは街のほうへ歩き出した。


「あ、そっちは来た道ですよ。行くなら、反対の道です」


 そう教えると、ミランダさんはにっこり笑って――それでも、街への道を歩いていった。


 ――迷惑な人だ。


 その背を見送りながら、機嫌を損ねて帰ったというリーゼさんのことが気になって仕方がなかった。

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