第42話 教会
鍛冶場をあとにしようとすると、ブルーノさんが「そうだ、ちょっと待ってくれ」と僕らを引き留めた。
奥から二枚の紙を持ってきて、僕とバーナードさんの前に広げる。
見覚えのある絵だった。一枚は、僕が描いたラチェット式剪定ばさみの設計図。まるで子供の落書きだ。
「この図は正直わかりづらくてな。描かれていないことが多くて、あれこれ考えたり調べたりで、ずいぶん時間がかかった」
「すみません」
思わず謝ってしまう。
「ところが、二枚目だ」
もう一枚を広げてみせる。今回のモーターの設計図だった。
「こっちは技術のレベルがまるで違う。細かいところまで、ぜんぶ読み解かなきゃならん。まるで、こっちの腕を試されているみたいだったよ」
「すみません」
また頭を下げた。
「もしかして、二枚の図でおれを試したのかい?」
「いえ、そんな、とんでもない」
「はは、いいんだ。どっちもおれの腕を上げてくれた。……それより、ハルさん。あんた、スキル持ちかい?」
唐突な問いに、僕は首を振った。
「いえ。城でスキルなしとわかって、追い出された身ですから」
「もう一度、調べてみたらどうだ?」
と、ブルーノさんが勧める。
「そうだな。そうしたほうがいい」
バーナードさんまでもが賛同する。
◇
バーナードさんが教会のシスター長に話を通しておく、というので、行かないわけにもいかない。
翌日、ブドウ畑の世話を終えてから、市場の買い出しのついでに教会へ寄ることにした。
バーナードさんによると、領主のいないこのあたりでは、街を中心とした村々のことを、三人のギルド長が話し合って決めているらしい。そして三つのギルドで分け合うようなことは、街の教会に任せる。どこか一つのギルドが独り占めしないためだという。
――ずいぶん公平にできているんだな。
と、感心した。
◇
教会の門をたたくと、頭巾をかぶりローブをまとった、人のよさそうな老いたシスターが出てきた。
「ハルと申します。職人ギルド長に言われて来たのですが」と話すと、
「ええ、聞いています。どうぞ」
と、中へ通される。
礼拝堂は広々として、天井が高い。壁の高いところの窓から日の光が差し込んで、荘厳な雰囲気だった。奥の壇に向かって、長椅子が整然と並んでいる。
元の世界の教会に、どこか似ている。ただ、壇上にあるのは、十字架にかけられた像でも、幼子を抱いた母の像でもない。背に翼を広げた、大きな女神の像だった。
――やっぱり、ここは別の世界なんだ。
◇
長椅子のあいだを老シスターについて歩いていると、ふいに、僕の行く手へ一本の足が突き出された。
女性の細い足だった。
その持ち主は、長椅子にだらしなく寝そべっていた。同じシスターの衣装のはずが、胸もとははだけ、裾には深いスリットが入って、太ももまであらわになっている。
僕は足に触れないよう、そっと端を回って、老シスターの後を追った。
「あの人は……?」
「シスター・ミランダですか? あの方は、都の教会本部から遣わされた方です」
「あなたと、同じシスターなんですか?」
「ええ、そうです」
と、老シスターはにこやかに答えた。
◇
老シスターは壇に上がると、女神像の前で片膝をつき、祈りを捧げた。僕もそれにならう。
祈りを終えると、シスターは壇の端へ進んだ。そこには、見覚えのある水晶が台座に載っていた。
――城で「スキルなし」と判じられた、あの水晶と同じだ。
「さあ、この水晶に手をかざしてください」
言われるまま、手をかざす。
水晶は、うんともすんとも言わなかった。
「残念ですが……ハルさんに、スキルはないようですね」
「ですよね」
残念がられても、はじめから期待していない。だから悔しくもなかった。
「ほんとうに、スキルはないのか?」
背後から声がした。
振り向くと、さっき長椅子で寝ていたシスターが、前の椅子の背もたれに豊かな胸をのせ、身を乗り出して、こちらを見ていた。
「ええ。水晶に、何の変化もありませんでした」
老シスターが答えると、
「そうか」
と、若いシスターは、また長椅子の陰に引っこんだ。
――なんて、怠け者のシスターだ。
◇
スキルなし、という結果を、僕は職人ギルドのバーナードさんに報告した。
「そうか」
と、バーナードさんは残念そうだった。
職人ギルドを出て、家路に向かうと、どういうわけか、さっきの若いシスターが、僕の後ろをついてくる。
あまりについてくるので、振り返って訊いた。
「僕に、何か用ですか?」
「いや、君に用はないよ。ただ、帰る方向がいっしょなだけさ」
そう言って、彼女は両腕を頭の後ろで組み、なおもぶらぶらと、僕の後をついてきた。
◇
日が傾くころ、家に着くと、
「へえ、これが君の家かい。立派な屋敷だね」
と、彼女は遠慮なく見上げた。
「もう遅い。悪いが、一晩泊めてくれないか」
「え!」
「いいだろう?」
「いえ、それは、さすがに……」
「こんなか弱い娘を、夜道に一人で放り出すのかい?」
にやにやと笑う顔に、僕はようやく悟った。
――はめられた。
結局、僕は彼女のために夕食を作り、風呂と客間まで貸してしまった。
――我ながら、お人好しがすぎる。
少し後悔しながら、彼女が寝静まったころにフェリルの散歩をすませ、風呂に入って床についた。
翌朝は、彼女が起きてくる前に朝食を作り、ベランダのテーブルにメモを添えて置いておいた。
メモには、
『朝食を作っておきましたので、帰る前に食べてください』
と、暗に「勝手に帰ってください」と匂わしておいた。
そうして、僕は、いつものように畑に向かった。




