第40話 新しい同居人
毎朝、ブドウ畑を見回り、伸びたツタや生えすぎた葉を切っては、大きくなっていく実に風通しが良くなるように整える。
水が足りなくなったポットには水を足して回る。
野菜畑には、籠を持っていき、食べごろになった野菜を摘んでいった。
陽射しがきつく、畑仕事が終わるころには、服は汗でびっしょりとなっていた。
そんな、いつもの変わらない朝が続いた。ただ一つ、魔獣がそばにいること以外は。
畑仕事をしながら、檻の中にはいっている魔獣が気になった。
畑から家に戻る途中、檻の中の様子をうかがいに立ち寄ってしまう。
相変わらず、近寄れば、魔獣が角をこちらへ向けて、低く唸った。
Sランクの冒険者が来るまでの命だ。そう思うが、毎日、様子を見るうちに、なんだか、かわいそうになってくる。
――まあ、どうせ、もう長くはないんだ。
と、昼食の残りを、お椀によそって、唸るフェリルの前に、そっと置いてみた。
フェリルは、唸るばかりで、食事には見向きもしない。夕方、のぞいてみると、お椀は手つかずのまま、残っていた。
そんな日が、何日か続いた。
ある日のこと。いつものように様子を見に行くと、お椀が空になっていた。それでも、僕が近づくと、まだ警戒は解かないでいる。
さらに、数日。今度は、食事を与えると僕の目の前で食べるようになった。
その次の日には、食事を持っていくと、待っていたのか銀色の長い尾を振るようになった。
――……なついたのかな。
思わず、頬がゆるむ。けれど、すぐに首を振った。
――だめだ。冒険者が来るまでの命なんだ。あまり、情を持たないようにしないと。
そう、自分に言い聞かせる。それでも、あのなつっこい瞳で見つめられると、どうにも、心が揺らいでしまうのだった。
◇
近所の男の人が、犬のような動物に首輪をつけて、散歩させながら、屋敷の前を通りかかった。
「暑いですね」
「ええ、本当に」
――ああやって、フェリルと歩けたら。
と、つい思って、いや、あれは魔獣だ、と思い直す。遠くから檻のほうを見やると、ちょうどフェリルと目が合った。
また別の日には、子供たちがやってきた。
「おにいさん、魔獣、飼ってるの?」
「いや、預かっているだけだよ。危ないから、近寄っちゃ、だめだよ」
「はぁい」
と、素直に去っていった。
◇
街で買い物を済ませて戻ってくると、檻の周りを、子供たちがぐるりと、とり囲んでいた。
――危ないって、言ったのに!
と、慌てて駆け寄ると、子供たちは檻ごしに、フェリルの毛並みをさすっている。フェリルはといえば、目を細めて、気持ちよさそうに、されるがままにしている。
「この魔獣、おとなしいね」
と、一人の子が笑っていった。
――情が移りそうだな。
こうなると、檻に閉じ込めているのが、かわいそうになってくる。
「……まあ、ちょっとぐらいなら、いいだろう」
◇
職人ギルドへ行き、首輪とリードを、作ってもらうことにした。しかも、なるべく内緒で、と頼むと、対応してくれたバーナードさんに、
「魔獣を、飼うのかい?」
と、あきれられた。
それでも、万が一のために、首輪には電気を流せる仕掛けをして、暴れたら、おとなしくさせられるように、と説明すると、渋々ながら引き受けてくれた。
できあがった首輪とリードを、さっそく、フェリルにつける。人目につく昼間は避けて、日が沈んでから。
檻の前で、それを見せて、僕は語りかけた。
「檻の中は、窮屈だろう。お前を、外に出してやりたいんだ。そのためには、この首輪が、いる。……いいね?」
すると、フェリルは、うれしそうに顔をあげて、尻尾を、ぶんぶんと、振った。
そっと首輪をつけると、抵抗もなく、おとなしくしている。
檻を開けてやると、フェリルは、勢いよく飛び出して、跳ね回った。よほど、外に出られたのが、うれしいのだろう。そのまま、目の前の草原へ、一目散に、駆けていく。
リードは、糸巻きのように伸びる仕掛けだったが、フェリルの速さには追いつかない。ぐん、と引っぱられて、僕は、あえなく転んだ。
すると、フェリルが引き返してきたのか、僕の顔をべろべろと舐めまわした。
夜の散歩を続けるうちに、ある日、イノシシのような獣に出会う。
フェリルは、前足を素早く獣に向けただけで、疾風が起き、獣の足を切断し、額の角から放たれた雷で獣を倒してしまった。
そのあと、尻尾を振って、僕に頭を寄せてくる。僕は、ためらいながらも頭をなでてしまった。
思いのほか、フェリルの毛は柔らかく、触っていて気持ちがいい。
――まいったな。
◇
夜の散歩は、じきに、近所の知るところとなった。けれど、仲むつまじい僕とフェリルを見て、みんな、餌を持ってきてくれるようになった。
檻には入れず、首輪だけで、外につないでおくと、フェリルは、畑を荒らす害獣を狩るようになった。一度など、自分の十倍はあろうかという、熊のような獣まで仕留めている。
仕留めた獲物は食べずに、律儀に檻の中へ並べておく。そのままにしておくのは衛生上、良くないと思い、それを市場にもっていった。中には、その肉が高額で売れたものもある。
フェリルは、生肉には口をつけない。ところが、僕の食事の残りである塩や香草で味つけして焼いた肉となると、がつがつとたいらげる。
――グルメな魔獣になったものだ。
しかも、焼かずに味付けした生肉を与えると、フェリル自身が火を噴いて焼いた。今では、火加減も覚えて、なかなかに、香ばしく焼けるのだった。




