第39話 魔獣捕獲
蓄電した魔石を使って、僕は、その夜から畑の周りの有刺鉄線に電気を通してみることにした。
昼のあいだは、うっかり人が触れて事故になっては大変なので、日が沈んでから昇るまでの、夜のあいだだけ、電気を流す。
そうして、何日目かの夜のことだった。
まるで雷が落ちたような、すさまじい音で、僕は目が覚めた。
慌てて畑に駆けつけると、野菜畑のそばに、一匹の獣が横たわっていた。
大きさは大型犬ほど。全身を美しく輝く、銀色の長い毛が細長く伸びた尻尾の先まで覆っている。顔は毛に隠れて見えないが、額のあたりから一本の長い角が、伸びていた。
◇
雷のような音に、近所の人たちも起きたのだろう、続々と家から出てくる。
「大丈夫か!」
「ええ、大丈夫です。フェリルを退治したんです」
僕がそう言うと、みんな、倒れた獣の周りに集まってきた。
「これが、フェリルか?」
と、一人の男が首をひねる。
「違うんですか?」
「いや……こんな毛並みのフェリルは、初めて見た。前に見たやつは、毛ももっと短くて、茶色っぽかったぞ」
「そうだな」と、周りも口をそろえる。
「じゃあ、亜種でしょうか」
「かもな。まあ、退治できたんだから、よかったじゃないか」
と、そのとき、一人の女性が、声をあげた。
「ちょっと、これ、まだ生きてるんじゃない? ほら、お腹のところ。動いてるよ」
みんなの視線が獣の腹に集まる。たしかに、そこは、呼吸をするように、かすかに上下していた。
「まだ、生きてるぞ!」
「このままじゃ、まずいな。よし、おれが家から剣を持ってくる」
「剣じゃだめだ、斧を持ってきてやる」
と、男たちが物騒に盛り上がりはじめた。
けれど、息も絶え絶えに横たわる姿を見ていると、僕は、どうにも、かわいそうになってしまった。
「あの……やっぱり、殺すのはちょっと……。そこに檻があるので、ひとまず、あれに入れて、明日、冒険者ギルドに相談するのは、どうでしょう」
「そうだな。素人のおれたちが魔獣に手を出して、何かあるとまずいしな」
「だったら、早いとこ、入れちまおう」
という話になり、数人がかりで、そっと運んで、フェリルを檻に入れた。
◇
翌朝、日の出とともに檻を見に行くと、フェリルは、昨夜のまま、ぐったりと横たわっていた。
僕は、いつものようにブドウ畑と野菜畑の世話をした。日ごとに、ふくらんでいくブドウの実を見ながらも、フェリルが気になっていた。
昼食のあと、冒険者ギルドへ向かった。
受付で、フェリルを捕まえたのだが、どうすればいいか、と訊ねる。
受付は、はじめ、「フェリルなら、たいして価値もないので、処分してかまいませんよ」と、そっけなかった。
だが、銀色の毛並みのことや、亜種かもしれない、と伝えたとたん、表情を変えて、「少々、お待ちを」と、奥へ、足早に引っ込んでいった。
しばらくして、応接間に、通される。
そこにいたのは、いつか、祭りの壇上で、勇者一行を紹介していた、あの冒険者ギルド長だった。歳はいっているが、鍛え上げられた、大きな体をしている。
◇
互いに名乗り、向かい合って腰を下ろす。
「フェリルを、捕らえたとか」
「ええ」
「差し支えなければ、どうやって捕まえたのか、詳しく聞かせてもらえませんか」
「柵の鉄線に、電流を流して……それで触れて感電したのではないかと……」
「電流? 感電、とは?」
――しまった。
この世界に、電気はないのだった。どう説明したものか、言葉に詰まる。
そのとき、ふと、職人ギルド長との石鹸の契約を思い出して、
「……あ、すみません。その件は、いま、職人ギルドと交渉中でして。まだ、他では、お話しできないんです」
「そうですか。それは、残念だ」
「すいません」
「いえ。……実は、あなたから聞いた特徴からすると、それは亜種というより新種ですね。新種となると、危険を避けるため、Sランク以上の冒険者に、依頼することになります」
「Sランク……」
ふと、疑問がわいた。
「あの、勇者様だと、どのくらいのランクに?」
「勇者様は、SSSランクですよ」
――やっぱり、勇者はけた違いなんだ。
「その、Sランクの方に、頼めますか?」
「それが……いま、頼めるSランクの冒険者が、出払っておりまして」
「では、どうすれば。今は魔石を含んだ檻の中でおとなしくしていますが……」
「Sランクが来るまで、しばらく、そちらで預かっていただけませんか。魔石の捕獲檻に閉じ込めていれば、フェリルも魔法は使えないはずです」
「わかりました」
こうして、しばらくのあいだ、フェリルを、檻に入れたまま、預かることになった。
◇
家に帰り、檻をのぞくと、フェリルは、朝と変わらず、動かずに眠っていた。
ところが、次の日の朝。
外の、ただならぬ物音で目が覚めた。
慌てて出てみると、檻の中で、炎、雷、水、風が、渦を巻いて荒れ狂っている。フェリルの魔法だろう。それでも、檻のおかげで、それが外へ漏れ出ることはなかった。
そっと、近づいてみる。フェリルは、僕をぎろりと睨み、鋭い牙を見せて低く唸った。
夜には、よくわからなかったが、明るいところで見ると、体は思いのほか細く、顔も細長い。狩猟犬に、どこか似ている。けれど、その鋭い眼と、長く伸びた角、そして輝くような銀の毛並みが、まるで違って見えた。
その角と剥き出しの敵意を、フェリルは、まっすぐ僕に向けていた。
畑仕事をしながら、ときおり、気になって、そちらを見る。
やがて、フェリルは、あきらめたのか。檻の中で、行儀よく座り、うとうとと、眠りはじめていた。




