第38話 モーター
数日たっても、フェリルは姿を見せなかった。
だが、油断はできなかった。ある朝、針板を見ると、棘が一本、根もとから溶かされ、へし折られていたのだ。溶けた痕は、火であぶられたものに違いなかった。
畑に届くには、まだ十本近く折らなければならない。あきらめたのだろう、と、はじめは思っていた。
ところが、何日かおきに、棘は、一本、また一本と、確実に折られていった。
――のんびりしてはいられない。
もちろん、仕掛けた檻に、入った気配もない。
夜になると、畑が荒らされるのではないかと心配になる。朝、畑を見るのが怖かったが、心配で早くから目を覚まして、畑に向かってしまう。
◇
その間にも、ブルーノさんと何度も相談を重ねて、ついに、モーターの試作品が、できあがった。
立派なものだった。シャフトは、指で軽く弾いてやるだけで、滑るように、くるくると回る。
あとは、これを回す、水流だ。
やはり、家の近くには、見あたらない。ブルーノさんに相談すると、
「ここから少し離れた、山の麓に、大きな滝があるぜ」
と、教えてくれた。
数人のドワーフと、モーターを馬車に積んで、滝へ向かうことにした。
ところが、いざ出発となると、鍛冶場にいた他のドワーフたちまで、気になって仕方がないらしく、ぞろぞろと、ついてきてしまった。
◇
滝に着くと、モーターのシャフトの先に、水車を取りつけ、流れ落ちる水に当てる。
――勢いよく、水車が回った。
僕は、モーターから伸びた二本の線を、両手に持った。念のため、鍛冶場で使う、分厚い手袋を、はめている。
二本の線の先を、そっと、触れ合わせてみた。
――バチッ。
思いのほか、大きな火花が散った。
驚いて、思わず手を離す。と、線の先が、滝壺のわきの、水たまりに落ちた。
次の瞬間、水面に、何十匹もの魚が、ぷかりと、浮かんできた。
僕は、あわてて線を拾った。
それを見て、ドワーフたちが、どっと沸いた。
「成功か?」
と、ブルーノさんが訊く。
「ええ。思った以上に」
「しかし、すげえな。魔力もなしに、こんなことが……」
「でも、困ったことが、ひとつ」
「なんだ?」
「畑の近くには、こんな滝が、ありません。ここから線を引くのも、大変です。……電気を何かに蓄えられればいいんですが」
充電、という言葉は浮かんでも、その仕組みまでは、僕にもわからない。
「じゃあ、魔石に蓄えたらどうだ?」
と、一人のドワーフが言った。
「魔石に?」
「魔石にゃ、二種類ある。もう魔力を帯びたやつと、まったく持たないやつだ。持たないほうは、そのままじゃ使えねえが、魔導士様が魔力を注ぐと、使えるようになる。……まあ、これは魔力じゃねえがな」
――魔力じゃなくて、電力だからな。
それでも、魔石の仕組みを知れたのは、大きな収穫だった。
「考えてても始まらん。誰か鍛冶場から魔力のない魔石を取ってきてくれ」
「じゃあ、おれが」
と、若いドワーフが一人、来た道を、駆け戻っていった。
――と、そのときだった。
水面に浮いていた魚が、びくり、と跳ねた。次々と息を吹き返し、泳ぎだす。
「あっ、逃げるぞ!」
ドワーフたちが、われ先にと水たまりへ飛び込み、魚をつかまえては、放り上げる。その後、みんなで火をおこして、魚を焼き、食べた。
魚を食べ終えたころ、魔石を取りに行ったドワーフが、息を切らして、戻ってきた。くつろぐ仲間と、食べた跡を見て、
「ずるい! おれの分は?」
「さあ」と、他のドワーフが首をひねる。
「……ですよね」と、若いドワーフがあきらめていると、
「うそだよ。ちゃんと残してある」
と、隠しておいた一匹を差し出され、若いドワーフは、ぱっと顔を輝かせた。
◇
魔石も届いたので、いよいよ試してみることになる。
僕は手袋をはめ、二本の線を魔石の両端に当てた。
小さな火花が飛び、光の糸がすうっと魔石に吸い込まれていく。魔石は、しだいに光を帯び、ぐんぐん輝きを増していった。
「もういい!」
ブルーノさんの声で、僕は線を離した。魔石の光は、ゆっくりとおさまっていく。
「うまくいったと思うが……どうやって、確かめる?」
「モーターを滝から外してください」
運んでもらったモーターの線を、今度は電気を蓄えた魔石につないでみる。
すると、水の力もないのに、シャフトの先の水車が勢いよく回りはじめた。
ドワーフたちが、黙って僕の顔をじっと見つめる。
僕は、笑顔でうなずいた。歓声があがった。その声は滝の音も消し去るほどだった。
――あまりに、うまくいった。
うれしかったが、ふと思ったことがある。
――もしかして、僕は、とんでもないものを作ってしまったんじゃないだろうか。




