表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/61

第35話 商人ギルド長

 その日、キースさんからは、この世界のことを、いろいろと教わった。


 この世界には、十もの国があること。それぞれの国に、特色や特産品があること。


 南の国のさらに南の果てには、まだ人の手の入らない未開の土地が広がり、北の果てには、魔族の住まう地がある。その境には、大きな壁がそびえているのだという。


 どの国にも、勇者や英雄と呼ばれる者がいて、ときおり現れる魔物を退治したり、ダンジョンを攻略したりしている。


 ――勇者に、英雄、それにダンジョンか。


 まるで、物語のなかの言葉だ。この世界に来てから、畑ばかり見ていた僕には、いまさらのように、ここが異世界なのだと、思い知らされる。


 僕が、この地に来たいきさつや、ヴィリーさんに世話になったことを話すと、キースさんは、意外そうな顔をした。


「ヴィルフリート様といえば、この国の英雄では、ありませんか」


「英雄……?」


 あの、穏やかな庭師が。


 どうやら僕は、とんでもない人に、お世話になっていたらしい。


   ◇


 キースさんは、僕が考えた石鹸も、大量に買い取ってくれた。持ち帰って、商品にするのだという。


 そんな話をしているうちに、すっかり夜はふけ、二人には、屋敷に泊まってもらうことにする。


 風呂に入ってもらい、客間に寝てもらった。


 次の朝、乾いた服に着替えると、二人は、丁寧に礼を言って、旅立っていった。


   ◇


 二人を見送ってから、僕は、お米のことで、しばし悩んだ。


 早く食べたい。けれど、どうせなら、玄米より、白いごはんが食べたい。


 ――となると、精米しないと。


 だが、この世界に、精米機なんて、あるはずもない。臼と杵でつくのか、瓶に入れて棒でつくのか……。


 そんなことを考えながら、いつものように、ブドウ畑の世話をした。


   ◇


 昼どき、ベランダで昼食をとっていると、屋敷の前に、一台の馬車が止まった。


 中から、少し着飾った女性が下りてくる。その後ろに、地味な身なりの若い女性が、続いた。


「ハルさん、ですか?」


「ええ、そうですが……」


「そちらへ、伺っても、よろしいでしょうか」


 女性は、足早にベランダの前まで来ると、にこやかに名乗った。


「はじめまして。私、商人ギルドで長を務めております、セシリアと申します。こちらは、秘書のマーゴットです」


 マーゴットさんが、軽く会釈する。


 ――商人ギルド長。


 そういえば、と思い出す。以前、職人ギルド長のバーナードさんから、「商人ギルド長が会いたがっている」と言われて、「近いうちに」と約束したきり、先延ばしにしていた。


「セシリアさん、すみません。伺わなければと思いながら、ご挨拶もせず……」


「いえ、もう、いいんです」


「それより――昨日、カーマイン商会のキースさんが、こちらへ来られましたね?」


「はい。昨夜泊まって、今朝、発たれました」


 セシリアさんが、小さく、ため息をついた。どうやら、一足違いだったらしい。


   ◇


「実は今日、伺いましたのは、商人ギルドと、契約を結んでいただきたくて」


「契約、というと?」


 セシリアさんが目配せすると、マーゴットさんが、一枚の書類を差し出した。


「よその土地から来た商人が、ハルさんに会うには、必ず商人ギルドを通す。そういう取り決めに、したいのです」


「どうして、です?」


「あなたを、守るためです」


 セシリアさんは、まっすぐに僕を見た。


「商人というのは、抜け駆けも、だし抜きも、時にはだますことも、平気でやる連中です。放っておけば、いいように振り回されて、あとで厄介ごとになりかねません。その前に、ギルドで押さえておきたいのです。ハルさんにも、損はありません。勝手に押しかけてくる商人の相手を、しなくて済みますから」


「キースさんは、いい方でしたよ」


「ええ、存じています。北の港町で、いちばん大きな商会の方ですもの」


 ――そんな、大商人だったのか。


 どうやら僕は、人を見る目が、ないらしい。キースさんもそうだし、英雄だったというヴィリーさんも、そうだ。


 そのとき、


 ――チィリーン。


 風鈴が、澄んだ音を立てた。


「……涼しい音ですこと。暑さが、やわらぎますね」


 セシリアさんのその言葉を聞いて、


「……わかりました。契約しましょう」


「では、こちらに、ご署名を」


 差し出されたペンで、僕は、書類に「ハル」とサインした。


   ◇


 契約がすむと、セシリアさんは、ほっとしたように、ベランダの椅子に腰を下ろしかけようとして、はっと、身を起こした。


「座っても、よろしいですか?」


「どうぞ。何か、冷たいものでも」


 僕は台所へ立ち、冷やした水に、シロップと果汁を加えて、レモネードもどきをこしらえた。ベランダに戻ってくると、マーゴットさんにも、椅子をすすめた。


 テーブルにグラスを置くと、二人は、ひとくち、口をつけた。


 風が吹いた。


 ――チィリーン。


 風鈴が、また涼しげな音を立てる。


 三人の視線が、軒先へ向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ