第33話 湖
翌朝は、いつもより早く起きて、ブドウ畑と野菜畑の世話を、手早く済ませた。
せっかく誘ってくれて湖へ行くのに、手ぶらというのも、悪い気がして、差し入れのつもりで、市場で買った肉や、調味料、それに先日仕込んだ唐辛子入りのオリーブ・オイルなど、バーベキューで使う食材を、リュックに詰めて背負った。
村を抜け、森の小道を進むと、開けたところに出てくる。
涼しい風が吹き抜けた。
そこには、大きな湖があった。
対岸の森が、うっすらとかすんで見えるほど、広く、湖の表面には青空が映っていた。
見ているだけでも、涼しさを感じる。
どうやら、この一帯の避暑地になっているらしく、家族連れや若者たちが、あちこちで水辺を楽しんでいる。
リーゼさんを探していると、
「ハルさーん!」
と、声がかかった。昨日、フロリアンさんの店で会った若者たちだった。
手招きされ、みんなが陣取っている場所へ向かった。リーゼさんの姿は見えない。
「ハルさんも、いっしょに泳ぎましょうよ」
「いえ、僕は料理を作りに来たので。みなさん、遊んできてください」
そう言って、僕はさっそく、火をおこしにかかった。
◇
平たい石を組んで、その上に、誰かが持ってきたであろう鉄板をのせ、火にかける。
まずは肉だ。塩とこしょうをふり、オリーブ・オイルをまわしかけて、じっくりと焼く。脂がはじけて、香ばしいにおいが、あたりに立ちこめた。
――焼き肉のたれがあれば、なおいいんだけど。
元いた世界では市販のものを買っていたので、作り方までは知らない。それでも、塩とこしょうとオイルだけにシンプルに肉を焼くことにした。
肉を焼くあいだに、もう一つ、作りたいものがあった。
リュックからパスタを取り出し、茹でる。
茹で上がった麺を、熱した鉄板にのせ、塩を多めに、そこへ柑橘の果汁をしぼりかけて、炒めた。
塩焼きパスタ、といったところだ。
――夏の水辺には、ソース焼きそばか、塩焼きそばだよなあ。
あいにく、この世界では、まだ焼きそばにも、あのどろりとしたソースにも、出会っていない。だから、パスタで代用して、塩焼きそば風にしてみたのだった。
◇
「おいしそうなものを、作っていますね? それ、なんですか?」
声に振り向くと、すぐ横に、リーゼさんが立っていた。
――あ!
と、思わず、目をそらした。
リーゼさんは、そのスタイルのいい体の線が、はっきりとわかる水着を着ていたのだ。
けれど、紛らわすために、そらした先には、水着姿のロッテさんやグレタさん、ほかの女性たちもいて、これはこれで、目をやり場に困る。
僕は、うつむいて、鉄板に視線を戻した。
「……塩焼きの……パスタじゃなくて、プロメです。塩と、柑橘の汁で、焼いていて」
しどろもどろに、そう答えるのが、精いっぱいだった。
◇
「へえ。じゃあ、私も作ろうっと」
と、リーゼさんが、僕の隣に並んだ。
肉に塩をすり込み、香草を敷きつめた鉄板の上に、そっとのせて、ふたをする。昨日、フロリアンさんの店で買っていた香草だろう。
隣で、リーゼさんの腕が、ときどき、触れそうになる。
僕は、それを悟られまいと、必死で、パスタをかき混ぜた。心臓の鼓動が、まるで自分のものではないみたいに、早鐘を打っている。
おまけに、ほかの女の子たちまで、
「それ、めずらしい」「どうやって作るの?」
と、興味しんしんで、僕の手もとを、のぞき込んでくる。
――もう、心臓がもたないよ!
と、胸の内で、叫んだ。
◇
やがて、料理ができあがると、みんなで輪になって座って食べた。
塩焼きパスタは、「こんなの初めて」と、好評だった。
肉のほうは、僕が焼いたものも、おいしいと言ってもらえたけれど、リーゼさんが香草を効かせて焼いた肉のほうが、ずっと風味がよくて、うまかった。
――かなわないな。
日が傾きかけるころ、みんなで後片づけをして、いっしょに帰った。途中までいっしょで、それから、それぞれ家路へと別れた。
帰り道、若者たちの会話についていけなかったが、それでも楽しかった。
その夜。
ベッドに横になると、昼間のリーゼさんの水着姿が、ふいに浮かんできて、なかなか寝つくことが、できなかった。




