第32話 ハーブの夏
陽射しが日に日にきつくなっていく。
暑さをさけ、日の出とともに畑仕事をするのだが、それでも、流れる汗を抑えることはできない。
畑仕事が終わると、真っ先にシャワーを浴びる。汗は流せてすっきりするのだが、新しい服を着替えるも、日焼けした肌が触れると、そこがヒリヒリと痛い。
そして夜は、ゆっくりと湯船に浸かって、一日の疲れを流す。暑い季節でも、湯に浸からなければ、気持ち悪くて眠れない。
体は変わっても、やっぱり僕は日本人だな、と思う。
◇
そんなある日のこと。近所の奥さんが、両手いっぱいの青々とした草を抱えて、訪ねてきた。
「ハルさん、これ、よかったら」
「これは?」
「お風呂に入れると、疲れがすっと取れるの。日焼けにも効くから、使ってみて」
僕は礼を言って、受け取った。
その夜、さっそく、湯に浮かべてみた。
湯に入れる前は、少し青臭かったが、湯に入れると、涼やかな香りが立ち上り、青臭さがなくなる。
湯にゆっくり身を沈めると、畑仕事で凝り固まった背中や肩が、じんわりとほどけていくように思える。
――ああ、これはいい。
香りのおかげか、気持ちまでも、すっとほぐれていく。そのうえ、日焼けした首筋や腕の火照りまで、やわらいでいくようだった。
そういえば、前の世界では、一年の決まった日に、菖蒲湯やゆず湯に浸かったものだった。端午の節句には菖蒲、冬至にはゆず。その日をうっかり忘れていても、スーパーの店頭に、高く積まれた菖蒲やゆずを見て、「ああ、今日か」と、つい買って帰ったりした。
こうして、僕にとって、ハーブ湯は暑い夏に欠かせないものになった。
◇
ところが、しばらくすると、奥さんにもらったハーブが、底をつきかけてきた。
――そうだ。フロリアンさんの店なら。
昼食をとってから、村のはずれのフロリアンさんの店へ向かった。
店に入ると、いろいろな香りがする。それが混ざり合って、きついわけでもなく、むしろ心地よかった。
「やあ、ハルさん。お久しぶり」
長い耳のフロリアンさんが、迎えてくれた。
僕は、持ってきたハーブを見せた。
「これと同じものが、ほしいんです」
フロリアンさんは、それを手に取り、鼻を近づけた。
「ほう。これはうちの店で買ったものだね。誰かからもらったのかい?」
「ええ、近所の奥さんに」
「そうか。たしかに、この時期、これを入れた風呂は最高だね。で、どれだけほしいの?」
と、当分、こまらない分をと、計算して、だいたいの量をいうと、
「え! そんなに? 毎日、風呂にはいるのかい?」
「ええ、毎日、はいります」
と言うと、フロリアンさんは驚いたようだった。
こちらの人には、毎日風呂に入る習慣はないらしい。ほとんど、シャワーで済ますか、魔法を使って、身をきれいにするらしい。
――魔法で、体が洗えるのか! さすが、異世界。
話を聞くと、僕がもらったハーブは、一種類ではなく、何種類かが混ざったものだった。
疲れをとるためのもの、肌のあれや日焼けに効くもの、香りづけなどのさまざまな香草が含まれているらしい。
先ほど計算した量をお願いしたのだが、量が量だけに、店頭にあるのでは足りなくて、追加でブレンドする必要もあるとのこと。
「用意ができたら、送るよ」
ということになった。
料金を払い、届けてもらうことにして、店を出ようとしたとき、
リーゼさんと鉢合わせた。後ろには、ロッテさんとグレタさん、それに見慣れない若い男女が数人。中には、エルフや、ドワーフの姿もある。みんな、リーゼさんと同じくらいの年頃だった。
「あら、ハルさん。どうして、ここに?」と、リーゼさんのいつもの笑顔で訊かれた。
「暑さ対策で、香草を買いにきたんです」と答えた。
「ああ、ほんとうに暑いですものね。実は、明日、涼みに、みんなで湖に行くんです。それで、そこで焼く肉の味付けにつかう香草を買いにきたんです」
なんでも、この店に来たのは、市場ではちょうど、欲しい香草が売り切れていて、どうしても欲しかったリーゼさんが、フロリアンさんの店まで足を延ばしたという。
「他の香草は売ってあったんだけど、リーゼがこだわって、ここまでくる羽目に」と、ロッテさんがあきれ顔でいった。
他の友達も同じような気持ちだったらしい。顔にでていた。
「ハルさんも、いっしょにどうですか?」と、リーゼさんが急に誘った。
「え!」
「ぜひ!」「来てください!」
と、ほかの友達まで、口々に誘ってくれる。
断る理由も、とくにない。それに――
――みんなが遊んでいる間に、肉でも焼いてあげようか。
それくらいの、軽い気持ちで、
「じゃあ、お邪魔でなければ」
「やった!」
と、リーゼさんたちが、うれしそうに笑った。
◇
その夜、いつものハーブ湯につかりながら、
――明日は、湖か。そういえば、長い間、泳いだことはなかったな。まあ、明日は泳ぐことはないか。
ハーブ湯の心地よい香りが疲れを癒していく。




