第30話 風鈴
その日は、ブドウ畑の作業を終えると、街に足を運んだ。
食料の買い出しもあったが、職人ギルドにも用があった。
職人ギルドでは、受付で注文をしようとしたが、ギルド長のバーナードに見つかり、奥の部屋に通された。
たわいもない世間話のあと、北の森の話になった。
北の森の魔物を勇者様たちが討伐してくれたおかげで、今までこれなかった北の町から行商人が、この街にやってくるようになったらしい。
それで、とくに僕が提案した石鹸がよく売れているらしい。あとで、受付で僕の取り分をうけとってほしいとのことだった。
それと、
「商人ギルド長のセシリアが、君に会いたがっているので、一度、顔をだしてくれないか?」
どうやら、ここ最近、セシリアさんに僕と会いたいとせがまれているらしい。
この街にはギルドが三つあるそうだ。
職人ギルドと商人ギルド、もう一つは、冒険者ギルド。
冒険者ギルドには、名前からして、できれば関わりたくない。
商人ギルドなら、まあいいかと。
最近、僕が異世界人だと知ってか、皆が僕によくしてくれる。それが、少し申し訳ないと思っていた。
でも、世話になっているバーナードさんの頼みを断るわけにはいかないと、
「じゃあ、近いうちに」
と、商人ギルド長のセシリアさんに会うことを約束した。
「それで、今日はなんのご用で、職人ギルドに来られましたのかな?」
と、バーナードさんに聞かれたので、
「実は、ガラス職人を紹介してほしくて」
「ガラス職人ですか……それなら、いい職人がいますよ」
と、今日一番の笑顔でバーナードさんは答えた。
職人ギルドを出る前に、受付で、石鹸の僕の取り分を受け取った。
その額を確認すると、思わず、
「多すぎませんか? 何かの間違いでは……」
「いいえ、間違っていませんよ」
と、受付は笑顔で答える。
恐ろしいほど、貯蓄は増えていく。
――何かで恩返ししないと。
しかたなく、お金を受け取り、バーナードさんに紹介されたガラス職人の工房に向かった。
工房は、ドワーフのブルーノさんの鍛冶場から、少し離れたところにあった。
「すいません」
と、のぞくと、仕事場には、一人のドワーフと一人の人が作業をしている。
ドワーフは、炉でガラスを溶かし、人が溶けたガラスを整形している。
隅には、見慣れた形のグラスが並んでいた。
「なんだい?」
と、人が僕に気づいてたずねた。
「作ってもらいたいものがあるんですが……」
と、いつものつたない設計図を見せる。
ドワーフと人は僕の設計図を見たあと、僕の顔をじっと見つめて、
「いいですよ。作らせていただきます」
僕に向かって笑顔を見せる。
――僕が異世界人だと知ってるんだ……
◇
数日後、注文していたものが、朝早く小包で届いた。
早く開けたかったが、開けてしまうと、日課のブドウ畑の世話がおざなりになると思い、開封せずにベランダのテーブルにそのまま置いておいた。
小包が気になりながらも、朝のブドウ畑の見回りは、いつものように行った。
葉を少し摘んで風を通してやり、伸びたつるを切る。水が減ったポットには水を足した。
日が高くなるにつれ、暑さは増していく。ブドウ畑の世話が終わると、台所で冷えた水を一杯飲んで、ベランダに向かった。
ベランダに腰を下ろし、小包を開けると、中も割れないように厳重に包装されていた。
包装の中から、丸みを帯びた小さなグラスと、数センチの細いガラスの管が出てきた。グラスの底には穴が開いている。
他にも、細い紐と紙の短冊が入っていた。グラスと管に紐を通し、先に短冊をつけて、軒下につるした。
弱い風が吹くと、
チィリーン。
と、ちいさな澄んだ音が暑い空気に涼やかに響く。
屋敷の前の地平線まで続く草原の景色が実家の縁側から見える景色に見えてくる。
目の前のブドウ畑、その遠くに連なる山々を、高く昇った太陽の光が照らし出す風景に。
◇
風鈴の音が隣人の耳障りになってはいけないと、ベランダでランチを食べるときだけ、吊るそうと思っていた。
ところが、ベランダの前を通る人に、風鈴の音を聞かれ、
「いい音色だね」
「なんか、涼しい気分になるよ」
と、言われ、一日、吊るすことになった。
夜、夏の虫の鳴き音の隙間に風鈴の涼しい音色が紛れる。寝苦しい暑さを忘れる音色だった。




