第29話 枝豆と冷えたビール
翌朝、いつものようにブドウ畑の見回り、少し手入れをしたあと、野菜畑に向かった。
野菜畑は、ブドウ畑から少し離れた場所にある。
夏野菜がそろそろ、収穫してもいい出来になっていた。
野菜畑にやってくると、
――もう取り入れたほうがいいかな。
と、収穫するために籠を持ってきて正解だった。
ナスは、僕の背丈ほどの高さにまで株が育ち、太い茎から、ぽってりとした濃い紫の実をいくつもぶら下げていた。
トマトは、植えたときに刺した支柱の高さまでのび、根元には緑の、先端には赤い実を細い枝がしなるほど、たわわに育っていた。
枝豆も、茎の節々に、太ったさやを鈴なりにつけている。ただ、さやは思っていたのとは少し違っていた。あざやかな緑色ではなく、少し茶色がかっていた。
――どこかで見たことのあるような……
と、そのときは思い出せなかった。
それぞれの実を丁寧にラチェット式剪定ばさみで切り離し、籠に入れる。
ナスとトマトを収穫しながら、
――何を作ろうか……みんなを呼んで、またピザを焼こうか、それともナスとトマトで冷製パスタもいいな……
と、ナスとトマトで何を作ろうかと悩んでいた。
枝豆に関しては、一択しかない。
◇
鍋に塩を入れた湯を沸かし、その間に収穫した枝豆をさやごと水洗いし、塩を揉み込んでうぶ毛をとる。
それを茹でる。
もちろん、この世界ではイエーガーと呼ばれているビールを魔法石の冷蔵庫でキンキンに冷やしている。
当然、グラスもいっしょに冷やしていた。
茹でた枝豆をしばらく冷まし、冷えたビールといっしょにベランダに運んだ。
高く昇った太陽のもと、ベランダに腰かけ、冷えたビールを口にする。のど越しに冷えたビールが駆ける。
乾いた喉を潤して、心地よい苦みがたまらない。
夏の炎天下の昼間に飲むビールは、ほんのわずかな優越感と罪悪感でさらにおいしさを増す。
屋敷の隣にあるブドウ畑が目に入る。
――いつかは、おいしいワインを……
と、思うも、なぜか申し訳なくて、ブドウ畑から目をそらした。
ベランダから見える風景に目をやると、地平線までつづく草原が、夏の日の光で、よりいっそう、鮮やかな緑色に映える。その草原を風が波のように渡っていく。
枝豆を一房、手にとり、さやに指で挟むようにして豆を押し出す。
出てきたのは、少し黒っぽい豆だった。つやのある緑色の豆を期待したのだが、この世界の豆はこんなのだろうと思い、口に入れた。
――うん?
豆の味に驚いた。
コクある深い甘みと栗のようなもっちりとした食感。
――この味、前に味わったことがある。
両親が農協のツアーで、京都か兵庫に行ったときに、お土産に買ってきた枝豆だった。
――たしか、丹波の黒豆だったか。
思わぬところで、昔の味を味わえるとは思わなかった。
懐かしみながら、ふたさや目に手が伸びる。
◇
「昼間から、いいものを飲んでいるね?」
「ええ、枝豆がいい具合にできたので……つい我慢できなくて。いっしょに、どうです?」
「およばれしたいのは、やまやまなんだけど、嫁さんに怒られるから、また、今度にするわ」
「そうですか……残念です。そうだ。あとで茹でた枝豆、お持ちしますよ」
「そいつは、うれしいな」
と、屋敷の前を通る近所の人と、そんな会話を交わした。
――そういえば、実家の縁側で祖父と父が枝豆を肴に、瓶ビールを手酌で飲んでいたな。
あのときも、家の前を通る近所の人とそんな会話をしているのを思い出す。
――でも、何かが足りない。
それが何か、はじめはわからなかった。
ふたくち目のビールを口にしたとき、ビールの入ったグラスを見つめた。
グラスの表面には、まだ解けていない薄い氷と、小さな水滴が張り付いている。
それを見て、僕は足りないものが何か、思い出した。




