第28話 夏の畑
勇者パーティーが街を出て、冒険の旅に出ると、村は元の静けさを取り戻した。
市場で買った麦わら帽子をかぶり、畑にでると、容赦のない日差しが照りつけてくる。
数本のブドウの木を世話するだけで、汗が流れる。
ポットの水も減るのも速い。
でも、日本のような湿度は高くなく、乾いているので、そんなに不快ではない。
ブドウの木も、ずいぶん様変わりした。
春に芽吹いたつるは僕の背を越えて、手のひらほどの葉を幾重にも茂らせている。
その葉を、めくってみる。
――あった。
小さな花が咲いている。
ブドウの花は、花弁はなく、小さくて白いおしべが房になって咲く。
「ハルさん! おはようございます」
リーゼさんだった。両肩を出した白いワンピースに、つばの広い白いハット帽。太陽の光の下のすがすがしさに、思わず見とれてしまった。
「おはようございます。リーゼさん」
「精が出ますね」
「ええ、ヴィルフリート様から預かったブドウ畑ですから」
「何をしているんですか?」
「『散髪』と『除葉』です」
「近くで見てもいいですか?」
と、僕が返事する前にブドウ畑に入ってきて、僕の横に立った。肩が触れそうなくらい近い。
「『散髪』って、言ってましたけど、何をしてるんですか?」
急にそばに来られたので、少し、動揺してしまった。
「ええ、……この伸びたつるなんですが……」
僕の背より伸びたつるを掴んで、ラチェット式ばさみで、切って見せた。
「え! せっかく、そこまで伸びたの切ってしまうんですか?」
「こうやって、伸びたつるを切るのは、つるに、『これ以上、伸びなくてもいいから、下の実を育てなさい』って教えてあげているのです」
「そうなんですか……」
「って、おじいちゃんの受け売りなんですけど……そうだ」
僕は、少し屈んで、葉をめくって見せた。
「ほら、ここに、ブドウの花が咲いています」
リーゼさんに見せようとしたが、すでに、リーゼさんの顔が近くにきて、花を見ている。
思わず、立ち上がってしまった。
「へえ、これが、ブドウの花なんですね」
不思議そうに見ているリーゼさんの横顔から、目をそらし、花のまわりの葉を摘んで見せる。
「え! 葉も取っていいのですか?」
「葉が日の光を浴びて、実を甘くするんです。でも、葉が茂りすぎて、風通しが悪いと、湿気がこもって病気になったり、日が当たらないと、実の色付きが悪くなる」
「ふーん」
リーゼさんが感心している。
「また、摘みすぎると、日が当たりすぎて、実が焼けてしまう。だから、ちょうどよいぐらいに葉を摘まないといけないんです。それが、『除葉』」
これも、祖父の受け売りだった。そんなことを聞きながら、子供のころ、ブドウ畑の手伝いをした。
何度も、何度も聞いてやっていたので、体と頭がおぼえている。祖母も父母も家族総出でやっていた作業だった。
「むつかしいのですね」
笑顔でリーゼさんが僕を見た。
「ええ……でも、子供のころ、散々、手伝っていたので、コツはわかっています」
「私もやってみていいですか?」
「どうぞ、ここあたりをお願いします。そこは取り除こうとしてたところですから」
リーゼさんが、丁寧に葉を摘んでいく。突然、手を止めて、
「あ! 実がなってます」
「え!」
のぞき込むと、たしかに、そこに実ができている。
米粒の大きさの緑の実が房になっていた。
「本当だ」
顔を向けると、すぐ目の前に、リーゼさんの顔があった。微笑みかけられたので、はっとして、ぎこちなく微笑み返した。
リーゼさんが去ったあと、野菜畑を見に行った。
――そろそろ、収穫してもいいかな。
と、思いつつ、頭の中では後悔していた。リーゼさんに言おうとして言えなかったこと。
――その服、似合っているね。
なぜ、言えなかったんだろうと、その夜は、なかなか寝つかれなかった。




