第24話 何もしない一日
その日も、朝から、よく晴れていた。
窓をきちんと閉めていなかったのだろう。風でレースがなびく気配で目をさました。
考えてみれば、いつまでも眠っていられた。一日くらい畑仕事をさぼってもいいだろうと思わせる心地いい陽気とそよ風だった。
それでも、やはり畑は気になる。思い切ってベッドから飛び起きた。
ひんやりとした水で顔を洗い、洗い立ての作業着に着替えて、畑に出た。
空は突き抜けるように青く、日差しは暖かい。畑を流れる風は気持ちよかった。
一本一本、ブドウの木の様子を観察する。芽は順調に膨らんでいた。すべての芽を育てたいが、栄養が拡散してしまう。
「こうやって、変な方向を向いている芽はな、むしりとるのはもちろんじゃが、すこしおかしな芽やあまりに芽が多いといい芽もむしらなければならん。そうすれば、残ったいい芽に栄養が行き届き、よい実をつけてくれるんじゃあ」
と祖父に教えてもらい、よく、いっしょに芽かきをおこなった。
水については、水路の栓は閉めて、ブドウ畑には流れないようにした。点滴灌漑用のチューブが用意できなかったので、ギルドを通して、素焼きポットを作ってもらった。ブドウの根元の土の中に埋めて、ポットに水をいれる。素焼きのポットの微細な穴から水がしみ出し、少しずつ木に与える。
実家では、新しい場所にブドウの木を植えたとき、チューブが届かなくて、代わりに、このポットを使った。
芽かき以外にも、水が少なくなったポットには、水を足して回った。
◇
その日の畑の世話を終えると、軽い昼飯を作り、ベランダの椅子に座って食した。
食べ終えると、椅子に深くもたれる。
心地よい日ざしが、体を包み込み、風は若葉の匂いを運んでくる。
遠くで、鳥の鳴き声と子供の声が聞こえる。
◇
いつのまにか、眠ってしまったのだろう。夢を見ていた。
僕は黒のタキシードを着て、立っている。並んだ椅子には、正装した近所の人たちとブルーノさん、フロリアンさんが座っている。
ブルーノさんのスーツは今にもはじけそうで、見ていておかしい。
フロリアンさんは、容姿が容姿なだけに、よく似合っている。見ていてうらやましい。
みんな、うれしさをこらえるように、緊張して待っていた。
そこへ、ウェディング・ドレスを着た女性が僕に向かって静かに歩いてくる。
そこで、目を覚ました。
気づくと、陽は、だいぶ傾いていた。
どれくらい、眠っていたんだろう。半日、何もせず、過ごしてしまった。
のびをした。前の道を近所の奥さんが通る。奥さんは、僕を見て、おかしそうにあいさつをした。
「こんばんは、ハルさん」
「こんばんは」
「よく、眠っていましたね?」
「ええ、そうみたいです」
と笑って返す。
もう一度、畑を見て歩き、そのあと、台所で夕食の用意を始めた。
この世界には、パスタがあった。もしかしたら、異世界人が持ち込んだものかもしれない。
そんなことをおもいながら、茹でたパスタを、オリーブオイルとトマトで炒める。最後のハーブをいれて、できあがり。
そういえば、この世界の人たちはパスタを食べるのに、フォークだけを使い、スプーンは使わない。たぶん、パスタを持ち込んだのが、日本人じゃないんだと思う。僕は、日本人なので、フォークとスプーンを使って、パスタを食べる。
食事はもっぱらベランダで食べるようになった。屋敷のダイニングは広すぎて、使う気にもなれないし、台所や使用人の部屋で一人食べるのはさみしい。ということで、ベランダが僕の食事場になる。
食べていると、前の道をときどき人が通り、挨拶をかわすし、何より、ベランダから見る景色がすばらしい。
星が散りばめられた夜空と、遠くまで続き、風がわたる草原。見ていて、心が癒される。
――そういえば、あの花嫁は誰だったんだろう?




