第23話 顔なじみ
畑仕事をしていると、垣根の向こうに数人の子供たちが輪になって何かを話している。ときどき、こちらを見て、あきらかに僕を意識しているようだった。
一人の女の子が、恐る恐る、近づいてきた。
「ねえ、おじさんって……」
――おじさんて呼ばれた!
この子の歳にしてみれば、僕はおじさんかと、軽いショックを受けた。でも、その子が続けていった言葉にさらに衝撃をうけた。
「異世界人なの?」
「え!」
思わず、声をあげてしまった。僕が異世界人だと、多くの人が知っている。まさか、子供まで知っているとは思ってもみなかった。
「そうだよ」
もう、うそもつく必要もないと思い、正直に応えた。
その子は、それを聞くと、他の子たちのところへ、走って戻った。
しばらくして、その子がまた、おそるおそるやってくる。
「ここで、何をしているの?」
「ブドウの木を育てているんだ」
「ふーん」
僕は、畑仕事しているときに口にしているクッキーをその子にあげた。
「みんなで食べるといいよ」
その子は、恥ずかしそうにお礼をいって、他の子供たちのところへ走って帰った。
そんなことがあって、子供たちとは仲良くなれた。
ときどき、子供たちは庭のベンチに座って、お菓子を食べながら、いろいろなことを教えてくれる。
村のことや、いつも遊んでいる場所。時には親のことも話してくれる。
まるで、子供たちを餌付けして、情報を得ている気持ちになる。
親の話は、聞いていると、こちらが恥ずかしくなるようなことを教えてくれる。
聞いたあと、聞かなかったことにしている。
◇
街へ出れば、知った顔が、ずいぶん増えていた。
多くの人に声をかけられるが、まだ、顔と名前が一致しない。
早いうちに、顔と名前を結びつけて、覚えなければならない。そうしないと、遅かれ早かれ、面倒なことになるんじゃないかと心配している。
市場の門のところに立つ衛兵とは、すっかり顔なじみになった。
「よう、今日は何を買いに?」
と、今では気さくに声をかけてくれる。
はじめのころは、疑い深い目で、僕をずっと睨んでいたのに。
職人ギルドの前を通れば、あとから、受付の女性が追いかけてきて、
「ギルド長がお呼びです」
と、声をかけられる。
行ってみると、お茶とお菓子を出され、たわいもない世間話をする。
「ブドウ畑のほうは、どうですか?」
「ええ、まあ……晩霜も近所の皆さんのおかげで、乗り切れましたし」
「そうですか……なにか、お困りごとはありませんか? 例えば、こういう道具がほしいとか……」
「今のところは……」
ギルド長の目的はあきらかだった。僕のあたらしいアイデアがほしいのだ。
僕には、期待されるようなアイデアは持っていないし、今までこっちの世界にきた異世界人が、前にいた世界のアイデアをほとんど、こっちに持ってきていて、目新しいものは僕は持っていなかった。
僕のアイデアなんて、ラチェット式の剪定ばさみに、引きカンナ。使う人が特定される道具か、この世界にあった石鹸をちょっと改良したもので、大したものはない。
それでも、ギルド長は新しいアイデアを期待していた。
――まあ、何かあったときには、頼みやすいか。
ギルド長とは、最近のギルドのことや、街のことなどを聞かせてもらい、お茶とお菓子をいただくと、ギルドをあとにした。
市場を歩くと、店のおかみさんや店の人から
「ほら、これ、味見してみなよ。ハルさん」
「新鮮な魚がはいったんだ。買っていきなよ。ハルさん」
と、声をかけられる。買うつもりもなかったものまで、買ってしまい、持って帰るのが大変なときもある。
僕が作り方を教えた石鹸が並ぶ、店もあらわれた。
ほかの石鹸よりは値段ははるが、売れているらしい。
――みんなの役に立つ、ほかのもの、なにかないかな。
と、考えるも、今はなにも浮かばない。でも、なにかありそうな気はしていた。
◇
市場の帰り道、出会う人、みんなに声をかけられる。
「こんにちは、ハルさん」
「まえにいただいた煮物、おいしかったよ。ハルさん」
声をかけるたびに、まだ、なれていないのか、あいまいな返事をしてしまう。
それでも、
――人とのふれあいって、こんなにいいものなんだ。
とあらためて思う。
地平線まで広がる緑の草原のなかの道を屋敷に向かっていると、ときどき、リーゼさんに会うことがある。
二人で並んで、歩いては、たわいもない話をして、笑いあった。
草原を走る風は心地よく、日の光が温かい。
リーゼさんと別れ、屋敷につく頃には、太陽はすっかり傾いている。
市場への買い出しが以前に比べて、時間がかかってしまう。
といって、疲れることはなく、むしろ、満ち足りていた。
――僕は、この村の一員になったんだな。
と、むしろ、実感が湧いていた。
屋敷が見えるころには、夕日が、屋敷とブドウ畑をオレンジ色に染めていた。




