第22話 焚き火の夜
畑のあちこちに、炭を山にして、火をつけた。
ぱちぱちと、炎が、暗闇に揺れ、煙が、星空に上って行った。
火が畑の空気を、すこしでも、あたためるだろう。そうすれば芽は凍えさせずに済む。
わかっていたことだけど、畑は広かった。
火は、いくつも要る。そのうえ、炭に火が回るまで、時間がかかった。
――じれったい。
中途半端だと、火が消えてしまう。夜気は、刻々と、冷えていく。
吐く息は白く、指先がかじかむ寒さなのに、焦る気持ちもあり、額には汗が流れる。
ふと、畑の真ん中の、古木が、目に入った。
――こんなことで、枯らしてたまるか!
ここまで苦労して、育ててきたのに失うわけにはいかない。
それにしても、畑は広すぎる。一人では、手が回らないのかと不安になった。
不安が現実になっていく。
――あと、いくつ火をくべればいいんだ。
焦っても、炭に火は回らない。
――今年は、あきらめるか……
◇
そのときだった。
畑の入り口のほうから、いくつもの明かりが、近づいてくる。
明かりを手にした、近所の人たちだった。十人、いや、もっと。みんな、見知った顔だった。
はじめは、火から出た煙が迷惑で、文句を言いにきたと思った。
「火が見えたんでな」
「遅霜だろう? 手伝うよ」
口々に、そんなことを言いながら、畑に入ってくる。
「いや、大丈夫です。一人でやりますから。それに、服も汚れますから」
「ヴィルフリート様がいた頃も、こういう夜は、近所総出で手伝ったものだ」
◇
みんなは、慣れた手つきで、炭を抱えては、畑じゅうに、散っていった。
さっきまで心細かった畑が、いっぺんに、にぎやかになる。畑のいたるところで火がともっていく。
近くにいた男性に、僕は申し訳なさそうに言った。
「ありがとうございます。なんと、お礼を言ったらいいか……」
「いいって、お礼なら、また、あのピザってやつを食べさせてくれ」
「それなら、いくらでも……」
男性は、他のみんなに向かって叫んだ。
「あのピザをまた、食べさせてくれるそうだ。だから、みんな、がんばろうぜ」
「おう!」
と、あちこちから、威勢のいい声があがった。
僕は、思わず、胸が熱くなり、手が止まった。
気を取り直して、僕は炭に火をおこした。
◇
それから、何人かは残り、夜通し、火を守った。
火が弱まったところには、炭を足し、空気を送り、火力を上げる。
近所の奥さんが、あたたかいスープを用意し、ふるまってくれた。
僕は、畑の近くに椅子を用意し、みんなでスープを飲んだ。
体が温まる。
火を守るあいだ、みんながヴィリーさんの話を、聞かせてくれた。
いつも温厚で、人にやさしい性格だと思われていたみたいだ。ただ、ブドウのことになると人が変わったように他のことが見えなくなった。
会ったのは一度きりの人が、村のみんなの口から、すこしずつ、形になっていく。
――みんなから、慕われていたんだね。ヴィリーさん。
長い、長い夜だった。けれど、ちっとも、つらくなかった。むしろ、楽しかった。
◇
東の空が、白みはじめたころ。
気づけば、あたり一面が、真っ白だった。屋根も、草も、垣根も、びっしりと、霜が降りていた。だが、ブドウ畑は土の色をしていた。
――芽は大丈夫だろうか。
いちばん近い木に、駆け寄り、芽をそっと触ってみた。
凍ってはいなかった。他の木を見てまわった。
どれも凍っていない。あの古木の芽にも、みずみずしさがあった。
みんなで焚いた火が、ブドウの芽を守った。
夜通し、火の番をしてくれた人たちにむかって、僕は叫んだ。
「大丈夫です。芽は無事です!」
「おー!」
炭まみれの人たちは歓声をあげ、お互いに手を握りあって、喜んだ。
家に帰っていた人も、心配してくれていたのだろう。ブドウ畑に駆けつけてくれた。
その中に、リーゼさんがいた。
炭まみれの僕を見て、リーゼさんはおかしそうに笑った。
僕は、はしゃぎ合うみんなを、ぼんやりと、ながめた。
――僕はなんてしあわせなんだ。
と、あらためて思った。




