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第2話 庭師

「……はい。好きです」


 気づけば、そう答えていた。


「実家が、ブドウを育てていたので」


 老人の手が、ふと止まった。


「ほう」


 それだけ言うと、彼はすぐそばの房から一粒をもいで、僕の手のひらに乗せた。


「食べてみな」


 口に入れる。


 ――酸っぱい。けれど、その奥には、確かな実の甘さと、青いような香りがある。


「どうだい。すっぱいだろう。これはワイン用のブドウだ」


 試すように僕を見たので、


「はい、知っています。この酸っぱさが熟成すると、おいしいワインになるんです」


 ――この酸っぱさが、何年も寝かせて熟成すると、すがすがしい酸味に変わる。


 祖父の言葉を思い出す。


「……あんた、何者だい」


「ゆずき はるひこといいます」


「変わった名前だな。このあたりの者じゃないね」


「はい。遠くの国から来ました」


「で、ここで何をしているんだい?」


「国王様に追い出されました」


「追い出された?」


「ええ、スキルがない、役立たずだと」


 老人は、ふっと笑った。


「そういうことか……行く当ては、あるのかい?」


「……ありません」


「無一文かい」


「はい」


「ブドウを育てたことは?」


「小さいころ、手伝っていました」


 老人はしばらく黙り込んで、


「ちょっと、そこで待っててくれ」


 そういって、老人は去っていった。


 僕は、そこに植えてあったブドウの木を見て回った。

 どれも、白ワイン用のブドウの木によく似ている。


 老人が戻ってくると、布包みを渡される。


「ここに私が住んでいた屋敷と土地の権利書がある。これを君に上げよう」


「そんな、もらえません」


「誰もただでとは言わない。そこにはブドウ畑があるんだが、私がここにいるので手入れが行き届かないんだ。だから、君にそのブドウ畑の面倒を見てもらいたい。できればワインも作ってほしい。ワインのほうは無理にとは言わない」


 手のひらに乗せられた布包みは、厳重に紐で巻かれていた。几帳面な文字で、持ち主の名前が記されていた。


「ここじゃあ、もうワインは作れん。今の王様は、ワインなんぞ金にならんと言ってな。――だが、わけあって、私は死ぬまでここの面倒を見るつもりなんだ」


 老人はブドウ畑を温かい目で見渡した。


 ――どうして、会ったばかりの僕に。


 訊こうとして、やめた。その目が、夢で見た祖父のそれと、よく似ていたから。


「そうだ」と僕のほうに振り返って、「これも渡しておかなくちゃな」と巾着と紙を渡される。


 巾着はずしりと重かった。


「当分の生活費と屋敷までの地図だ」


「そこまでしてもらわなくても……」


「なくては困るだろ?」


 言い返せなかった。


「……ありがとうございます。あの、お名前は」


「ヴィリーでいい」


 老人はそう言って、顔をほころばせた。


   ◇


 ブドウとワインの話で盛り上がった後、老人と別れて、地図にしたがって歩いた。

 途中、街の居酒屋を見つけた。腹が鳴ったので店に入る。


 昼間から、店は賑わっている。背の低い、ずんぐりした男たち。耳の長い、すらりとした者たち。人と入り混じって、みんな楽しそうに杯を傾けていた。


 ドワーフと、エルフ。


 本当に、異世界に転生したんだ。――そう思うと、なんだか笑えてきた。


 カウンターに座って、店員に、


「おすすめの料理は?」


 これは、僕が初めての店で注文するときのいつもの言葉。


「おすすめはエクス鳥の煮込みかな」


「じゃあ、それをお願い。……それとワインを」


 頼むと、濁った白い酒が、木のコップで出てきた。


 ひとくち、含む。


 ――酸っぱい。ただ、酸っぱいだけだった。熟成も何もしていない。ただ時間だけが経って、アルコールが混じった。そんな味だった。


「あの、ほかにワインは……ありませんか」


「は?」


 店員が、けげんな顔をした。


「ワインはこれしかないよ。なに言ってんだ、あんた」


 僕は、それ以上、ワインには口をつけず、ただ、出された料理で腹を満たした。


 異世界での初めての食事。煮込みは、店員がすすめるだけあって、確かにおいしかった。


   ◇


 辺境の村、グリューンタールまでは、乗合馬車で数日かかった。


 街を抜けると窓の外を、写真や映画で見たことのあるヨーロッパのような景色が流れていく。なだらかな丘。畑と田園が続く。


 揺られながら、ヴィリーさんから託された布包みを抱きしめた。


   ◇


 乗合馬車を降りた街からしばらく歩くと、たどり着いた。


 石造りの立派な白い屋敷。すべての窓には戸が閉められていて、だれも住んでいないことがわかる。

 その横には、広大なブドウ畑が広がっている。――夕日に染まったブドウ畑は、子供のころ見た実家の畑に、どこか似ていた。


 風が吹く。葉がいっせいに鳴って、土と緑の匂いを運んでくる。


「……ここで」


 声が、自然とこぼれた。


「ここで、人生をやり直そう」

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