第19話 お米が食べたい
このところ、自炊にも慣れてきた。
元いた世界の料理もあれば、この世界の人に聞いて作った料理もある。
レパートリーも増え、作りすぎると近所に配った。
近所の人からも、おかずをいただくこともある。
食事については贅沢になってきたのか、最近、思うことがある。
――お米が食べたい。
毎日のパンにも、すっかり慣れた。朝はパン、昼もパン。もちろん、市場で売っている様々なジャムを試して、飽きないようにはしていた。
でも、ふとした拍子に、思い出してしまう。炊きたての、湯気の立つ、つやつやの白いごはんを。
中には、作ったり、もらったおかずを食べて、
――これは、ぜったい、ごはんに合う。
と思うこともよくある。
この世界に、お米はあるんだろうか。
市場では、見たことがなかった。
――あの人なら知っているかもしれない、訊いてみよう。
頭に浮かんだのは、エルフのフロリアンさんだった。
◇
フロリアンさんの店に顔を出すと、ちょうど店を閉めているところだった。
「やあ、ハルさん! いいところに来た。お茶でもどうだい。いい茶葉が手に入ってね」
先日、畑に植える野菜を探しに来て以来、フロリアンさんとは、仲良くさせてもらっている。
フロリアンさんは植物の話となると、止まらなくなる。僕が元いた世界の植物の話をすると、フロリアンさんは、驚いたり、感心したりした。
僕は異世界人ではなく、遠い外国からやってきたことにしている。
みんなに知られているとはいえ、みずから異世界人だと名乗るのは抵抗があった。たぶん、それをくんで、フロリアンさんは僕に合わせているのだろうと思っている。
店の奥の小さな部屋に通された。窓辺には、見たこともない花や、葉の形のおもしろい草が、所せましと並んでいる。乾燥させた花が何本もつるされていて、木の家具に、よく馴染んでいる。
部屋の真ん中のテーブルには、もう一人のエルフが座っていた。
旅人の服装をして、フロリアンさんより、少し野性的な感じがした。それでも、エルフらしい落ち着きを漂わせている。
旅人姿のエルフに軽く会釈して、テーブルに座る。エルフは、僕を見て微笑んだ。
「そのエルフは、私の友達で、テオっていうんだ」
と、言いながら、お茶を僕の前においた。淡い緑色で、ハーブっぽい匂いがしたお茶だった。
「はじめまして、ハルといいます」
「テオです」
と軽く挨拶をかわすと、フロリアンさんが、テオさんの横に座り、
「そうだ。頼まれてた赤ブドウの苗、このテオに頼んだから」
「ありがとうございます」とフロリアンさんにお礼を言い、テオさんに、「よろしくお願いします」と伝えた。
すると、テオさんが、
「赤ブドウの苗がほしいって、珍しいね。何に使うんだい?」
「赤ワインを作ろうと思って」
「赤ワインね……」
と、テオさんがじっと僕を見て、
「わかった! 任してくれ」
「お願いします」
「で、今日はなんの用だい?」
と、フロリアンさんが切り出した。
「お米ってわかります?」
「お米?……」
とフロリアンさんとテオさんが顔を見合わせて、首を捻った。
「穂に、小さな粒の米が実っていて、水を張った畑で育てるんです。ちょっと待ってください」
紙とペンを持ち出して、稲の絵を描いた。細い茎の先に、頭を垂れた穂。水を張った田んぼ。
フロリアンさんは絵を手に取って、
「いやあ、見たことがないなあ。このあたりじゃ、聞かないね。テオは?」
と絵をテオに渡した。テオはしばらく絵をじっと見て、
「東方に、似たようなのがあったよな……。水を張った広い畑で、一面に育てていたよ。うす茶色の、小さい粒のやつだろ」
――お米かも……
胸が、高鳴った。
「ほ、本当ですか! それ、手に入れることはできますか?」
「仕入れてくることはできるぜ。けど、遠いからなあ。高くつくよ」
「いくらでも払います!」
思わず、身を乗り出していた。
「そんなに興奮するなよ……普通の値段でいいよ」
と、テオが笑って続けた。
「これからも仲良くしたいからな。いいだろう。次に東へ行くのは、夏のあとだ。少し待っててほしい」
お米が、食べられるかもしれない。この世界で、また、あの白いごはんが。




