第18話 みんなの石鹸
このところ、リーゼさんが、屋敷に来ない。
以前は、二日に一度は顔を出してくれた。お茶を飲んだり、無駄話をしたり。それが、ここ十日ばかり、ぱったりと、来なくなった。
――何か、怒らせるようなこと、しただろうか。
心当たりはない。でも、いないと気になって仕方がない。
石鹸を作っても、渡せないのだ。
石鹸は、空いた時間に少しずつ作って、近所に配っていた。親しくなりたいというのもあったが、喜んでもらえるのが、うれしかった。
◇
その日、市場へ買い出しに出ると、よく食材を買う店の女将さんに呼び止められた。
「ねえ、ハルさん。あんた、リーゼちゃんから、石鹸のこと、聞いてないかい?」
「石鹸、ですか?」
「あの子に頼んでるんだよ。『また分けてほしい』ってね。でも、近ごろ、見かけなくてさ」
――リーゼさんに?
話を聞くと、僕の石鹸は、思っていた以上に、評判になっていたらしい。
最初に使ったリーゼさんや、その友達。それに石灰を買った店の奥さん。そこから口づてに広がって、「あの石鹸が欲しい」という人が、次々と、リーゼさんのところへ頼みに行ったらしい。
そこへ、ロッテさんとグレタさんも通りかかった。
「あ、ハルさんだ! ねえ、リーゼってば、最近わたしたちにも会ってくれないの」
ロッテさんが、頬をふくらませる。グレタさんが、静かに続けた。
「たぶん……リーゼ、気にしてるのよ。私たちに会うと石鹸の話になるでしょ? どうやら、みんなに石鹸を頼まれるたび、ハルさんにお願いしなきゃいけなくて。それが、申し訳ないんじゃないかな」
――そうか。
リーゼさんにそんな気を遣わせて申し訳なく思う。
――そんなこと、気にしなくて、頼んでくれたらいいのに。
でも、と思う。
確かに、今は空いた時間に作れている。けれど、これからブドウ畑は、いちばん忙しい季節に入る。芽が伸び、ブドウの世話だけで手いっぱいになる。
そうなれば、石鹸なんて作っていられなくなるだろう。
――どうしたものか。
◇
ある日、見慣れない馬車が、門の前に停まった。
立派な身なりの、恰幅のいい男性が馬車から降りてきた。職人ギルドの、長だという。
台所に迎え入れ、テーブルに向かい合って座ると、
「突然すまないね。あなたが、例の石鹸を作っている人だろう?」
ギルド長は、出されたお茶を一口飲んで切り出した。
「実はね、うちのギルドにも、問い合わせが山ほど来ていてね。『あの石鹸はどこで買えるんだ』と。正直、困っているんだ」
「そこで、相談なんだが」と、ギルド長は身を乗り出した。
「もっとたくさん、作ってもらえないだろうか。――もし、あんた一人で無理なら、作り方を、ほかの誰かに教えて、代わりに作ってもらう、というのはどうだい」
「代わりに……」
「もちろん、ただでとは言わない。ギルドに登録すれば、あんたには、きちんとアイデア料が入る。作り手には、別に手間賃を払う。仕組みは、こちらで整えるよ」
◇
僕は、少し考えた。
石鹸で、お金を稼ごうなんて、思ってもいなかった。
でも――みんなが、欲しがっている。リーゼさんも、一人で抱えて、困っている。そして僕には、畑がある。
だったら、答えは、ひとつだ。
「わかりました。作り方を、教えます。――できれば、村のみなさんに」
ギルド長が、あわてて、
「それは困る。こちらで選んだ人にだけ教えてほしい」
「でも、それでは……」
「そうしてもらわないと、作り方をギルドで独占できないんだ。あの石鹸をこの街の特産品にしたい。他のギルドや街にまねされると、特産品にできないからね。わかってほしい」
少し、考えた。できれば、みんなが作れるようにしたい。
「じゃあ、三年。三年間、ギルドが独占するっていうのは? そのあとは、作り方を公開するのはどうでしょうか?」
「うーん」
とギルド長は考え込んで、
「わかった。そうしよう」
と立ち上がって、握手を求めてきた。
僕は喜んで、その手を握った。
◇
数日後。
ギルド長から、「ギルドまで来てほしい」と、手紙が届いた。
出向くと、ギルド長は、ずっしりとした革袋を、机にどんと置いた。
中をのぞいて、僕は、固まった。
――え。
見たこともない、額だった。
「こんなにもらうわけにはいきません」
「いや、アイデア料と売り上げの一部だ。あんたの石鹸には、それだけの値打ちがあるっていうことだよ」
「本当に、こんなにもらって、いいんですか」
「当然だよ。むしろ、安いぐらいさ」
――こんなにあっても使い道なんてないよ……そうだ。いつか、このお金は、村の人のために使おう。
屋敷への帰り道。
「ハルさん!」
リーゼさんに呼びとめられた。




