↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/61

第13話 祖母の石鹸

 石鹸を作る、と決めたものの、材料を用意しなければならない。


 祖母が作る石鹸は、灰を水に浸した灰汁に石灰を加えて、ぐつぐつ煮る。そうすると、ずっと強い、いい灰汁になる。泡立ちがよくて、匂いのきつくない石鹸は、その一手間から生まれるのだそうだ。


 まずは灰。


 これは納屋の裏にあった炭窯を使って、灰を作ろうと思う。


 最初、なぜ炭窯があるのかと不思議に思っていたら、ヴィリーさんの日誌を読んで、晩霜対策のための炭づくりに使うことがわかった。


 実家では、祖父が、灰汁のために、炭窯に空気を吹きこみ、白い灰になるまで完全に燃やしていた。

 ちなみに炭を作る場合は、密封し空気が入り込まないようにして蒸し焼きにする。


「そろそろ、あたらしい石鹸を作らないと」


 と、祖母の独り言を聞いた祖父は、どんなに疲れていても、黙って重い腰を上げ、灰づくりに向かっていた。

 僕は祖父のその姿に、子供ながら、なぜかかわいそうに思えた。


 次に灰汁を、強くするための――石灰だ。


 実家では、石灰はホームセンターで買っていた。


 ――この世界にも石灰を売っているだろうか?


 温泉が湧いていたところにあった、白い土はそうかもしれないが、石鹸を作るのにどうすればいいか、わからない。


 ふと、屋敷の壁を見上げた。


 白い、漆喰の壁。


 ――そうか。もしかしたら、この世界でも、白い壁に石灰が使われているかもしれない。だったら、売っているよな。


 と望みをかけて、市場に向かった。


   ◇


 市場で訊いて回り、ようやく大工道具を売っている店を見つけた。その店は、壁の塗装のため石灰も扱っていた。


「石灰? あるよ。何に使うんだい」


「ええと、石鹸を、作ってみようかと」


「石鹸を? 石鹸を作るのに石灰なんているのかい?」


 店主は、僕をじっと眺めて、


「あ! もしかして、おにいちゃん、ヴィルフリート様の屋敷に住んでいる人かい?」


「ええ、そうです」


 店主の顔に、笑みがこぼれる。


「そうか。だったら、安くしてやるよ。その代わり、その石鹸ができたら、ひとつ、くれないか?」


 店のおやじは、微笑みながらも、消石灰を、安くわけてくれた。


   ◇


 屋敷に戻って、さっそく、とりかかる。


 まずは、灰汁だ。今から灰を作るのは時間がかかると思っていたが、炭窯の焚口あたりに、炭にならず、燃え尽きた白い灰があった。それを集める。


 灰汁の作り方については、祖父はなに一つ、教えてくれなかった。でも、ときどき、一人灰汁を作っている祖父をこっそり覗いていたので、作り方はわかる。


 灰を水に浸して、ひと晩、寝かせた。


 そういえば、祖父の言葉を思い出した。


「今の時代、本当に便利になった。何日も手間をかけて作ったものが、スーパーにいけばすぐに手に入る。それに、品もいいときちゃうと、使わない手はないってもんだろ。そう思わないか?」


 翌朝、上澄みを、布で、そっと濾す。白く澄んだ、灰汁ができた。


 次に、これを鍋にあけ、買ってきた石灰を加えて、火にかける。


 ぐつぐつ、と煮ていくと、白い濁りが、少しずつ、底に沈んでいく。

 沈んだものを避けて、もう一度、濾す。――これで、祖母が作っていた灰汁の、できあがりだ。


 次に油。これは市場に売っていた油を使った。この油、味と香りがオリーブオイルに似ていた。これを使って、温める。そこへ、さきほど作った灰汁を、少しずつ加える。

 木べらで、ひたすら、混ぜる。灰汁を少し入れては、混ぜてを繰り返す。


 どれくらい、混ぜ続けただろう。やがて、とろりと、もったりしてきた。庭の隅で摘んできたハーブを、刻んで、混ぜこむ。さわやかな香りが、ふわりと立った。

 祖母は、最後に塩を混ぜていた。そうすることで液状の石鹸を固めることができるらしい。


 それを、木の型に、流しこむ。


 ――あとは、待つだけか。うまくできればいいんだが。


 ばあちゃんの石鹸は、そのままでは使えない。何週間か、寝かせて、雑味が抜けるのを待つ。


 うまくできるか、わからないが楽しみでしかたない。


   ◇


 石鹸を型にすべてを寝かせたころ、ちょうど、リーゼさんが顔を出した。


「ハルさん、なにしてるの?……なんだか、いい匂い」


「石鹸を、作ってて。――あ! ちょっと待ってて」


 僕はリーゼさんを残して、台所に向かった。


 魔法石のコンロにかけてあった鍋のクリームシチューを味見した。


 ――うん。おいしくできている。


 市場で石灰を買いに行ったとき、新鮮な牛乳を見つけて、クリームシチューを作ろうと思った。

 母親は、日頃、ルーを使ったクリームシチューを作るが、近所から新鮮な牛乳が手に入ったときには、ルーを使わず、牛乳でクリームシチューを作ったものだ。


 牛乳以外に、野菜、ベーコンの代わりの塩漬けの肉とバター、チーズを買った。


 自分の分を皿に移し、鍋を持ってリーゼさんとこに戻る。


「これ、よかったら、みんなで食べてくれない?」


「ハルさんが、作ったの?」


「ええ、お口に合うかわからないけど……」


「ありがとう! みんなで食べるね。 早く食べたいから、もう帰るね。じゃあ」


 そういって、リーゼさんは急いで帰っていった。


 ――こんなことでしか、恩を返せないけど。


 と言いたかったが、リーゼさんは、もう見えなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。