第13話 祖母の石鹸
石鹸を作る、と決めたものの、材料を用意しなければならない。
祖母が作る石鹸は、灰を水に浸した灰汁に石灰を加えて、ぐつぐつ煮る。そうすると、ずっと強い、いい灰汁になる。泡立ちがよくて、匂いのきつくない石鹸は、その一手間から生まれるのだそうだ。
まずは灰。
これは納屋の裏にあった炭窯を使って、灰を作ろうと思う。
最初、なぜ炭窯があるのかと不思議に思っていたら、ヴィリーさんの日誌を読んで、晩霜対策のための炭づくりに使うことがわかった。
実家では、祖父が、灰汁のために、炭窯に空気を吹きこみ、白い灰になるまで完全に燃やしていた。
ちなみに炭を作る場合は、密封し空気が入り込まないようにして蒸し焼きにする。
「そろそろ、あたらしい石鹸を作らないと」
と、祖母の独り言を聞いた祖父は、どんなに疲れていても、黙って重い腰を上げ、灰づくりに向かっていた。
僕は祖父のその姿に、子供ながら、なぜかかわいそうに思えた。
次に灰汁を、強くするための――石灰だ。
実家では、石灰はホームセンターで買っていた。
――この世界にも石灰を売っているだろうか?
温泉が湧いていたところにあった、白い土はそうかもしれないが、石鹸を作るのにどうすればいいか、わからない。
ふと、屋敷の壁を見上げた。
白い、漆喰の壁。
――そうか。もしかしたら、この世界でも、白い壁に石灰が使われているかもしれない。だったら、売っているよな。
と望みをかけて、市場に向かった。
◇
市場で訊いて回り、ようやく大工道具を売っている店を見つけた。その店は、壁の塗装のため石灰も扱っていた。
「石灰? あるよ。何に使うんだい」
「ええと、石鹸を、作ってみようかと」
「石鹸を? 石鹸を作るのに石灰なんているのかい?」
店主は、僕をじっと眺めて、
「あ! もしかして、おにいちゃん、ヴィルフリート様の屋敷に住んでいる人かい?」
「ええ、そうです」
店主の顔に、笑みがこぼれる。
「そうか。だったら、安くしてやるよ。その代わり、その石鹸ができたら、ひとつ、くれないか?」
店のおやじは、微笑みながらも、消石灰を、安くわけてくれた。
◇
屋敷に戻って、さっそく、とりかかる。
まずは、灰汁だ。今から灰を作るのは時間がかかると思っていたが、炭窯の焚口あたりに、炭にならず、燃え尽きた白い灰があった。それを集める。
灰汁の作り方については、祖父はなに一つ、教えてくれなかった。でも、ときどき、一人灰汁を作っている祖父をこっそり覗いていたので、作り方はわかる。
灰を水に浸して、ひと晩、寝かせた。
そういえば、祖父の言葉を思い出した。
「今の時代、本当に便利になった。何日も手間をかけて作ったものが、スーパーにいけばすぐに手に入る。それに、品もいいときちゃうと、使わない手はないってもんだろ。そう思わないか?」
翌朝、上澄みを、布で、そっと濾す。白く澄んだ、灰汁ができた。
次に、これを鍋にあけ、買ってきた石灰を加えて、火にかける。
ぐつぐつ、と煮ていくと、白い濁りが、少しずつ、底に沈んでいく。
沈んだものを避けて、もう一度、濾す。――これで、祖母が作っていた灰汁の、できあがりだ。
次に油。これは市場に売っていた油を使った。この油、味と香りがオリーブオイルに似ていた。これを使って、温める。そこへ、さきほど作った灰汁を、少しずつ加える。
木べらで、ひたすら、混ぜる。灰汁を少し入れては、混ぜてを繰り返す。
どれくらい、混ぜ続けただろう。やがて、とろりと、もったりしてきた。庭の隅で摘んできたハーブを、刻んで、混ぜこむ。さわやかな香りが、ふわりと立った。
祖母は、最後に塩を混ぜていた。そうすることで液状の石鹸を固めることができるらしい。
それを、木の型に、流しこむ。
――あとは、待つだけか。うまくできればいいんだが。
ばあちゃんの石鹸は、そのままでは使えない。何週間か、寝かせて、雑味が抜けるのを待つ。
うまくできるか、わからないが楽しみでしかたない。
◇
石鹸を型にすべてを寝かせたころ、ちょうど、リーゼさんが顔を出した。
「ハルさん、なにしてるの?……なんだか、いい匂い」
「石鹸を、作ってて。――あ! ちょっと待ってて」
僕はリーゼさんを残して、台所に向かった。
魔法石のコンロにかけてあった鍋のクリームシチューを味見した。
――うん。おいしくできている。
市場で石灰を買いに行ったとき、新鮮な牛乳を見つけて、クリームシチューを作ろうと思った。
母親は、日頃、ルーを使ったクリームシチューを作るが、近所から新鮮な牛乳が手に入ったときには、ルーを使わず、牛乳でクリームシチューを作ったものだ。
牛乳以外に、野菜、ベーコンの代わりの塩漬けの肉とバター、チーズを買った。
自分の分を皿に移し、鍋を持ってリーゼさんとこに戻る。
「これ、よかったら、みんなで食べてくれない?」
「ハルさんが、作ったの?」
「ええ、お口に合うかわからないけど……」
「ありがとう! みんなで食べるね。 早く食べたいから、もう帰るね。じゃあ」
そういって、リーゼさんは急いで帰っていった。
――こんなことでしか、恩を返せないけど。
と言いたかったが、リーゼさんは、もう見えなくなっていた。




